2019年1月2日水曜日

「西郷どん」から大河ドラマを経て、結局最後は西田敏行

あけましておめでとうございます。「読者」が存在するのか最早分からないまま、早幾年。このblogもとうとう6年目に突入しようとしています。これを書いている現在はお正月のお休みで、例によってこういう長期休暇でちょっと時間的に余裕があるときには日頃温めていたアレやコレについて思うところをしたためてみようかと思います。
そんなこんなで、2018年の大河ドラマ「西郷どん」なのですが。四半世紀以上前ではありますが、1990年に一度大河ドラマとして取り上げた(このときの主演は西田敏行でした)ことのある「西郷隆盛」を改めて取り上げたということには、「どうしても我々日本人は西郷隆盛のような人が好きでしょう?」というメッセージを感じます。これについては、何も反論できない。確かに我々日本人は大久保よりも西郷みたいな人が大好きです。

今回の大河ドラマを見てて気になったのは、主演の鈴木亮平が今の世相とのシンクロぶりです。西郷の年齢に合わせて段階的に太っていくなど、通常あり得ないくらいのストイックさで鈴木亮平は役作りにのめり込んでいたのだと思います。役作りのために太ったりするということ自体は、いちいちロバート・デ・ニーロを引き合いに出すまでもなく、昔からやられていることなのでこれといって特別目新しいことではないのです。しかし、鈴木亮平の取り組み方はどこか過剰で病的に見えるのです。
彼の姿には「伸びしろのないこの国で、何かを犠牲にしてでも、まだ伸びしろがあるかのように見せる」という日本の有り様がそのまま投影されているように見えてしまいました。ここまでの世相と特定の役者が繋がって見えたのは、00年代後半の佐藤隆太(どこか空虚で中身のない前向きさ)と半沢直樹をやっていた頃の堺雅人(震災後の「他人を許す能力のない日本人」)くらいなのではないかと思います。

さて、その西郷どんの次の大河ドラマは東京オリンピックなんだそうです。東京オリンピックに向けての挙国一致体制やメディアスクラムについてはもう今更くどくど申しませんが。大河ドラマというのは幕末~明治くらいまでの時代が僕にとって大河ドラマと思える限界なので、東京オリンピックという時代設定が大河ドラマとしてアリなのか?ということがどうしても気になるのです。僕が覚えている大河ドラマは「独眼竜正宗」からなのですが、そこから西郷どんに至るまで大河ドラマは幕末~明治までの、つまるところ「現代と地続きではない過去」の範囲に収まっているのです。
せっかくの機会なので調べてみました。結果としては、ほとんどの大河ドラマは幕末~明治くらいまでの時代設定で、つまり、平たく言えば時代劇なのですが。丁度僕が覚えている「独眼竜正宗」の前の三作だけはこの例外にあったようです。ここから、このバブル前夜(1984-1986)の時期の3作だけが例外だった理由をちゃんと調べずに勝手に想像してみます。この時期まで20作以上大河ドラマを作って、ひとしきり時代劇に飽きてきたので別の方向に進みたいということも一つの背景だったんだろうと思います。そして、バブル前夜という時代にまで差し掛かったところで、戦争~敗戦~復興を経てバブル前夜に至る昭和という激動の時代を総括したいという機運もあったのではないかと思います。

大河ドラマの王道は、平均的な日本人のおじさんが快哉の声を上げそうな「スケールのデカい合戦モノ」か「幕末~明治サイコー」のどっちかです。ここには司馬遼太郎の影響が垣間見える気もするのですが、日本のおじさんは「敗戦国日本」を突き付けられるのを忌避する傾向にあるように思います。これは一昔の朝の連続テレビ小説では必ず太平洋戦争がやってきて女性目線を通して「被害者としての日本」だけが描かれていたのと相補的な関係を形成していると思います。
話をバブル前夜の異色の3作に戻しますが、この3作の中でも1984年の「山河燃ゆ」は、webの情報を見た限りでは今のNHKからは想像できないくらい攻めてる気がします。この「山河燃ゆ」は太平洋戦争というトラウマに対して真正面から挑んでいるようで、当時まだ御存命だった昭和天皇まで登場します(当然本人ではなく役者が演じているのですが)。そして、この作品は準主役が西田敏行だったみたいです。。

というわけで、大河ドラマの話をしてたら、なぜか西田敏行祭になってしまいました。よくよく考えてみると西田敏行ってすごく不思議なんですよね。特に顔が整ってるわけでもないし、歌が上手いわけでもない。「西田敏行がすごく好き」という人には会ったこともないけど、「西田敏行が大嫌い」という人にも会ったことが無い。冷静に考えるとなんであんなにテレビや映画に出てくるのか謎なんですよね。お笑い芸人でいうと鶴瓶のようなポジションにいる人だと思います。
最後にこの勢いで我が家の年賀状の話を一つ。我が家のここ数年の年賀状には「酉年:火の鳥」とか「戌年:獅子丸(忍者ハットリくん)」のように干支にちなんだキャラクターを使ってきたのですが。今年の猪年については、これといって思いつくキャラクターがなかなか思い浮かびませんでした。そんな中で西郷どんの総集編を年末見てた時に、「西田敏行の猪八戒でいこう!」というアイデアがで電撃的に降ってきました。かくして本年の我が家の年賀状には西田敏行の猪八戒が全面的にフィーチャーされております。

当blogも解説当初ほどの勢いでの猪突猛進とまではいかないですが、暇を見つけては時々思うところをしたためてみようと思います。とはいっても、西田敏行と大河ドラマの話は少なくとも今年中はこれ以上出てこないと思います。だって、あの東京オリンピックの大河は見る気しないもん。いくら脚本がクドカンで音楽が大友でも。

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