2022年6月19日日曜日

超サイヤ人とバブル

 ドラゴンボール超スーパーヒーローという映画が公開されているようです。タイトルの言語としてのインフレ感("超"の後に"スーパー"がついてる)もさることながら、未だにドラゴンボールの映画が作られているということにも驚きを禁じ得ないです。鬼滅でも呪術廻戦でもONE PIECEでもなんでもあるのに、ドラゴンボールはまだ必要とされているようです。バトル漫画には「成長」という概念があるので、30年前のジャンプ連載当時は「強さのインフレ」という問題と常に戦いながら自転車操業的な再生産を続けていたのですが。30年経った今、ドラゴンボールは最早その問題さえも克服して、サザエさんやちびまるこちゃん、ルパン3世などと同じように永遠に再生産され続けるサイクルに入っているのかもしれないですね。

そこまで日本国民に引っかかり続けるドラゴンボールですが、テレビ放映のタイトルが「ドラゴンボール」から「ドラゴンボールZ」に変わったのはJOJO第三部の連載開始時期とほぼ同じ1989年の春です。wikipediaによると「Z」は「究極」「最強」のような意味があったそうですが、「Z」ってつけてしまったらその後さらに続けるときにどうなるかなんて、当時の大人は考えなかったのでしょうかね?単に言葉尻をとらえているのではなく、鬼滅とJOJO第三部で言及したように、中身は同じなのにタイトルにZを付けたらパワーアップ「したことになる」というような、バブル末期からずっと日本人がすがり続けている「虚力」による「成長した感」の自転車操業の始まりがここに見て取れます。そしてこれが30年経った現在の「超スーパー」のような形容詞のインフレにつながっているのではないでしょうか。

テレビ放映にZがついたのはサイヤ人が出てきたところからですが、この辺りからドラゴンボールには「最初は冒険漫画だったのに、悟空を大人にしてバトル漫画にしてしまったらウケちゃったので、設定を更に後付けして無理矢理延命している感」が漂っていました。そして、界王様の元で修行した成果をもってしてもフリーザに敵わないという絶望的な状況にまで散々引っ張っておいて、最後は「超サイヤ人になりました」で帳尻を合わせて終わらせるという展開には、「いくらなんでも子供じみてて無理があるだろう!」と思ったのを今でも覚えています。でも、当時の読者はこれをそのまま受け入れていたのです。今にして思えば、都合のいい話も前向きに受け入れれば「神話」になるということの好例だと思います。

そして、超サイヤ人の出現は1991年3月で、これはバブル経済の崩壊とほぼ同じタイミングです。単なる偶然だと言えばそれまでかもしれませんが、僕にはドラゴンボールとバブル経済はつながっていて、だからこそ今も日本人に引っかかり続けているように思えてならないのです。鬼滅とJOJO第三部の下りで言及したように、JOJO3部以降の異能力バトル漫画はバブル崩壊以降の日本人の願望充足的な側面があったように思いますが。ドラゴンボールに至っては話がもう少し複雑で、バブル全盛期に作品がブレイクして、やめるにやめられないので設定の後付けによる延命を自転車操業的に続けました。この過程自体がバブル経済が膨張したメカニズムと相似形を成していて、だからこそ日本人は「バブルを総括しないまま虚力による成長という物語にすがりつづける」ことを自己肯定するためにドラゴンボールという神話を再生産し続ける必要があるのではないかと思うのです。

ドラゴンボールについては、ほかにも興味深いところが多々あると思います。例えば、元々西遊記をモチーフにした冒険漫画だったのに、冒険→バトルに向かうにつれて、アジア感が無くなって西欧感が強くなっていったことなんて、「脱亜入欧」の物語とも読み取れますよね。。とか言ってると話がとっちらかるので、今日はこのあたりにしておきます。お付き合いいただきましてありがとうございました。