どこの会社にでもある話なのですが、4月に人事異動がありまして。結果として人生で初めて女性の課長の下で働くことになりました。他にも組織変更やら何やらで人の出入りがあったために大規模な席替えが行われまして。結果的にヒラ社員最年長の僕は今回の席替えで右が女性の課長、向かいの席も別の課長、斜め前が部長という席に置かれてしまいました。
これまでの社歴を振り返ると、エラい人の近くの席だったことはありました。最高記録は入社して最初に与えられた席で、そのときはいきなり常務の斜め前の席でした。後から考えると、あれはたぶん誰も常務の周りに座りたがらないので空いていた席を僕にあてがわれたのでしょうが、当時の僕はそんなことさえ考える気もなくて、全くビビッてませんでした。今考えても若いって素晴らしいですね。
しかしこの歳になるとビビり方もそれなりに分かってきますし、何よりも周りの席のエラい人があんまり接したことが無かったり、ちょっと苦手だったりする人なので今回の席替え以降は自分の席にいてもホーム感がまるで無いのです。
そんなこんなで、この席になってから常に「なんとなくやりづらい」のはまぁしょうがないとして。毎日どうしても引っかかって気になってしまう事に「挨拶」があるのです。以前、このblogを始めた頃に「挨拶ができないとダメかな?」というテーマで投稿したことがあったのですが、あの頃気になっていた事と同じような違和感を再び毎日感じるようになったのです。
というのも、件の女性上司がわりとパリッとシャキッと毎朝挨拶をしてくる人なのです。考えすぎかもしれませんが、その立ち振る舞いからは「あなた達との関係を作っていく上で、まず最初は挨拶からはじめようと思っています。人間関係はまず挨拶からしか始まらないでしょう?」という空気を読み取ってしまうのです。まぁ、それはそうといえばそうなんですけども。でも、どうしてもこれが引っかかるのです。
勿論口に出して真正面から議論するなんて事はしようとは思わないですし、毎朝パリッとシャキッと挨拶する彼女の姿勢は職場の大半の人にはどちらかといえば好印象を持って迎えられているんだろうと思います。でも、僕は毎朝挨拶される度に何だか違和感を感じてしまうのです。それがなぜかというと、挨拶ができないとダメかな?で問題にしたように、「自分の考える挨拶の仕方やタイミングに対する常識は世界共通で正しいと信じて疑っていない」「挨拶のできる自分は社交的な人間であると当人は信じて疑っていないが、実際は挨拶の仕方という一側面だけで世の中を敵と味方に分けたがっている事に自覚がない」という事なんだと思います。
日本人の挨拶のあり方について考える上で非常に有用な示唆を与える話なので、河合雅雄というサル学の学者さんの本に書いてあった話の受け売りをご紹介してみます。河合氏曰く、挨拶という行動様式は高等猿類の中でも人類やチンパンジーなど一部にしか存在しないんだそうです。その一方で、高等猿類の中にはサルのように挨拶という行動様式が存在しない種族もいるそうです。これがなぜかというと、挨拶というのは「互いの不在の時間を埋めるための行動様式」であるからで、逆に言うと「互いの不在の時間が存在しない社会」には挨拶という行動様式は発生しないんだそうです。
サルの社会は常に群単位で行動するので、もしも2-3日以上に渡って群から外れていると、戻ってきても最早群のメンバーとしては扱ってもらえなくなるんだそうです。だから、そんな超群社会では挨拶なんてそもそも必要が無いのだそうです。一方、チンパンジーには新婚旅行のような習慣もあって、カップルが群から何日も離れて二人だけで生活することが普通にあるそうです。だからこそチンパンジーの社会には人類と同様に挨拶が存在するんだそうです。
つまり僕が言いたいことはこういうことです。毎日同じように会社で顔を合わせるような、いわばサルの群のような職場で本当に毎日挨拶する必要があるんでしょうかね?勿論僕だって、久しぶりに会った人や、初めて会う人、他部門や他社の人とは何の違和感もなく挨拶しますよ。だって、時間だけじゃなく、社会的立場や利害関係など、埋めるべきものがお互いの間にありますから。しかし、毎日代わり映えしない面子が顔を合わせる職場で毎日挨拶する必要は本当にあるのでしょうかね?
むしろ、擬似サル山社会である職場で毎日挨拶する事は実態として「毛繕い」や「マウンティング(上下関係を示すために強い方が上になる)」のように、挨拶という行動様式の本義からかけ離れて、会社組織のサル社会的な側面を強調してしまっているのではないか?とさえ僕は思うのです。職場の課長や部長レベルの人たちの中に、毎朝不特定多数に向けて「おはようございます」と繰り返しながら自分の席まで歩いてくる人がいます。ああいう人は挨拶しているようで、実はマウンティングをやってるだけのように僕には見えるのです。彼らの挨拶は「一対多」の「一」のポジションから常に発信されています。言い換えると、全校生徒に向けて壇上から話をする校長先生と同じ立場にいるのと同じなのですが。彼らは毎朝挨拶をすることを通してこの立場を再確認をしているだけのように見えるのです。
おそらくここに書いたようなことは誰に話しても「そんな細かいこと気にせずに、挨拶されたらほどほどに返しておけばいいじゃん。いい大人なんだしさ。」って言われるでしょうし、実際本当にその通りだとは思うのですが。でもどうしても僕には気になるのですよ。。かといって文句ばっかり書いて終わるのも嫌なので、せめてあのマウンティング挨拶をなんとかするにはどうしたら良いか?という提案くらいはここに書き残しておきたいと思います。簡単なことなのですが、「挨拶の後にもう一言何かを話しかける」ということをやりさえすれば良いと思うのです。
まず、これによって自分の席に向かって歩きながら周囲の社員に向かって「おはようございます」と切って捨てながら歩く典型的な「一対多」のマウンティング挨拶は自動的に不可能になります。そして、何でもいいから挨拶の後に何か会話することで、目線の合ったコミュニケーションの糸口が作り出せると思うのです。この、「目線の合ったコミュニケーション」という資質が致命的に欠けていることが、僕が日本人の挨拶に違和感を感じる原因なんだと思います。欧米人、とりあえず自分の身近だったスペイン人を例にとって考えてみたときに、必ず彼らは目を合わせてクラッチが噛み合った挨拶をするのです。
なぜ彼らがクラッチの噛み合った挨拶をするのかというと、「相手と自分はいろいろな事が違っていて当たり前で、お互いに深い断裂があるので、分かり合えることに限界がある」ということが欧米人にとってはコミュニケーションの大前提として共有されているからなんだと思います。といった具合に、例によって今回も最後は「キリスト教文化 vs 儒教文化」という文化的背景の違いに帰結してしまいました。はい。
ともあれ、「挨拶の後に会話を繋げられる」というのは、国際コミュニケーションの場で非常に重要なセンスだと思います。日本人の残念な英会話にありがちな話なのですが、"How are you?"と聞かれたら、体調が良かろうが悪かろうが"fine thank you."と、とりあえず答えてそこから後は何も喋れない人って結構いますよね。例えば調子が悪ければ"not so good."みたいな返し方をすべきですし、そこから「昨日からちょっと風邪気味で…」といった具合に会話の糸口を作るべきなんですけどね。こうなってしまうのは、もちろん単純にボキャブラリが不足しているのもあるんでしょうが。より本質的な原因として、日本人が挨拶を「目線の合った会話の糸口」というよりは「テンプレの交換儀式」としか思っていないからなんじゃないかと思うのです。
2017年5月5日金曜日
2017年4月23日日曜日
そして大相撲は戦後プロレス化への道をたどる
このblogを始めてから、気が付けばもう4年も経ちました。blog開設当時はまだスペインから帰国したばかりだったので、開設当時の投稿を今読み返すと、いろいろありながらも今の自分はすっかり自分は普通の日本人に戻ってしまったなと感じたりします。これは物の考え方だけでなく、日常生活のちょっとした立ち振る舞いにも現れていまして。例えば、今では普通に人前で何の躊躇もなく鼻をすすっちゃうことがあります。また、この前は何も考えずにパンに直接かじりついてました。どちらもスペインではちょっとお行儀の悪いので人前ではまずやらなかったことなんですけどね。
さておき、初期のblogを読み返してみると帰国当時は日本のアレやコレにいちいちイライラしていたのを思い出してしまうのですが。勿論日本の全部が嫌だったわけではなくて、「帰ってきてよかったな」と思えることだってあったのですよ。といっても、その大半は食べ物関係(コンビニでおにぎりが100円で買える、吉牛やはなまるうどんが数百円で食べれて、スーパーで刺身や寿司が数百円で買えて…と、書き出すとキリがないのですが)なんですが、それ以外に「プロ野球と大相撲が普通にテレビで見れる」ということもありました。相撲も野球もずっと日本で暮らしていると「テレビつけたら当たり前のようにやっている」ものだったわけですが、2年間海外暮らしで遠ざかっていたら以前にも増してその当たり前のありがた味を感じるようになったのです。そんなわけで、帰国以降はNHKが夜中にやっている幕内の取り組みを30分のダイジェストにまとめた番組を場所中は毎日必ず録画して見ています。
で、今回は稀勢の里の話になるのですが。先に申し上げておくと、僕は稀勢の里が横綱になったのは「ちょっと早かったんじゃないかと思ってる派」ではあります。というのも、ずっとそれなりに相撲を見ている人からしてみると、稀勢の里は「危なっかしい」「ここ一番の大事なところに限って必ず負ける。しかも、そういう時はいい所がひとつもないまま圧倒されて負ける。」といった具合に、良くも悪くも「ハラハラさせる末っ子」的な存在だったからです。
稀勢の里が横綱になったことではしゃいでる人達は、彼のその「危なっかしさ」を理解していない「にわかファン」が大半なのではないでしょうか?もう若い人には言っても全然伝わらないのでしょうが、稀勢の里に無責任な期待を寄せる人達は、かつての若貴フィーバーの時代に沢山いた「自称相撲ファン」と同じ香りがするのです。
そして横綱・稀勢の里は大阪場所が始まってみたら初日から全く危なげなく順調に十二連勝しました。しかし、勝ち続ければ勝ち続けるほど「そろそろ何かあるんじゃないだろうか?」と僕はハラハラしていました。なので、結果として怪我してしまったときには「ほら、やっぱりね。。」と思ってしまったわけです。
しかしながら、稀勢の里は深刻な怪我を負った後に二連敗したものの、千秋楽で照の富士相手に二連勝して奇跡の逆転優勝を遂げてしまいました。「遂げてしまいました」というのは率直な感想であり、別にひねくれたくて言ってるわけではありません。というのも、ここで優勝してしまったことで稀勢の里はいろんなスイッチを入れてしまったように思えるからです。
今回の稀勢の里の優勝によって、大相撲は力道山時代のプロレスへと漸近し始めたのだと思います。日本におけるプロレスの開祖である力動山は、「シャープ兄弟などの外国の悪役レスラーをやっつける正義のヒーロー」という構図によって、敗戦国日本のルサンチマンに訴求することで一大ブームを作り上げました。
稀勢の里は今回優勝したことで、力動山や(一時期の)桜庭のポジションに祭り上げられてしまったのではないでしょうか。だいたい、ただでさえ永らくモンゴル人に独占されていた横綱の地位に稀勢の里が昇進して日本人からの期待が高まっていたところに。横綱昇進後最初の場所で12連勝→モンゴル人である日馬富士との取り組みで怪我を負いピンチに→しかし最後は同じくモンゴル人の照の富士相手に奇跡の逆転優勝を遂げる…という一連の流れは、「圧倒的な強さを誇る元が攻めてきたが、最後は神風が吹いて日本が勝った」という歴史の再演になってしまったように思います。
一方で今回の件では、照の富士や日馬富士などのモンゴル人力士は完全にヒールの立場に置かれてしまいました。彼らに対する人種差別発言なヤジが投げつけられたこと、そして、それをマスコミや相撲協会が容認したり黙認したりしたことは、少しだけ問題になったものの結局うやむやになって立ち消えてしまいました。例えばサッカーなどのスポーツであれば人種差別発言を行ったサポーターに対しては出入り禁止などの厳しい処分が科されたりするのですが、おそらく相撲協会はこの先もこの問題に対してはグズグズと曖昧な態度を取り続けることでしょう。「国技大相撲と外国人」というテーマは、永らく曖昧なまま保留し続けたために、今更真正面から向き合うことができないと思います。
プロレスの開祖である力動山は元力士で相撲との愛憎関係を終生引きずっていたそうです(弟子の猪木を相撲部屋に入れようとしたこともあったそうな)。そして、彼は実は日本人ではなく北朝鮮出身でした。逆輸入のような状態で戦後プロレス化しつつある今の相撲界を力動山は天国からどんな思いで見ているのでしょうかね?
さておき、初期のblogを読み返してみると帰国当時は日本のアレやコレにいちいちイライラしていたのを思い出してしまうのですが。勿論日本の全部が嫌だったわけではなくて、「帰ってきてよかったな」と思えることだってあったのですよ。といっても、その大半は食べ物関係(コンビニでおにぎりが100円で買える、吉牛やはなまるうどんが数百円で食べれて、スーパーで刺身や寿司が数百円で買えて…と、書き出すとキリがないのですが)なんですが、それ以外に「プロ野球と大相撲が普通にテレビで見れる」ということもありました。相撲も野球もずっと日本で暮らしていると「テレビつけたら当たり前のようにやっている」ものだったわけですが、2年間海外暮らしで遠ざかっていたら以前にも増してその当たり前のありがた味を感じるようになったのです。そんなわけで、帰国以降はNHKが夜中にやっている幕内の取り組みを30分のダイジェストにまとめた番組を場所中は毎日必ず録画して見ています。
で、今回は稀勢の里の話になるのですが。先に申し上げておくと、僕は稀勢の里が横綱になったのは「ちょっと早かったんじゃないかと思ってる派」ではあります。というのも、ずっとそれなりに相撲を見ている人からしてみると、稀勢の里は「危なっかしい」「ここ一番の大事なところに限って必ず負ける。しかも、そういう時はいい所がひとつもないまま圧倒されて負ける。」といった具合に、良くも悪くも「ハラハラさせる末っ子」的な存在だったからです。
稀勢の里が横綱になったことではしゃいでる人達は、彼のその「危なっかしさ」を理解していない「にわかファン」が大半なのではないでしょうか?もう若い人には言っても全然伝わらないのでしょうが、稀勢の里に無責任な期待を寄せる人達は、かつての若貴フィーバーの時代に沢山いた「自称相撲ファン」と同じ香りがするのです。
そして横綱・稀勢の里は大阪場所が始まってみたら初日から全く危なげなく順調に十二連勝しました。しかし、勝ち続ければ勝ち続けるほど「そろそろ何かあるんじゃないだろうか?」と僕はハラハラしていました。なので、結果として怪我してしまったときには「ほら、やっぱりね。。」と思ってしまったわけです。
しかしながら、稀勢の里は深刻な怪我を負った後に二連敗したものの、千秋楽で照の富士相手に二連勝して奇跡の逆転優勝を遂げてしまいました。「遂げてしまいました」というのは率直な感想であり、別にひねくれたくて言ってるわけではありません。というのも、ここで優勝してしまったことで稀勢の里はいろんなスイッチを入れてしまったように思えるからです。
プロレスとのアナロジーを持ち出してみますが。そもそも稀勢の里は橋本真也なんかと同じで、学ランと破帽と夕焼けが似合う昭和の番長タイプなのです。我々日本人はどうしてもこのタイプの人間が大好きで、「内的自己=ヤンキー性」を感情移入させる対象になってしまいやすいのです。
また例えが古くてすいませんが、稀勢の里は今回奇跡の逆転優勝を遂げてしまったことで、かつて「黒船」グレイシー一族に勝ったときの桜庭和志のような立場に立ってしまったように見えるのです。そう考えると稀勢の里はこの先、かつての桜庭のように、日本人の「内的自己=ヤンキー性」の無責任な期待に振り回されることになるだろうと思います。最早、稀勢の里の「危なっかしさ」をヒヤヒヤしながらも温かい目で見守るような姿勢では稀勢の里を見れなくなってしまいそうな気がします。今回の稀勢の里の優勝によって、大相撲は力道山時代のプロレスへと漸近し始めたのだと思います。日本におけるプロレスの開祖である力動山は、「シャープ兄弟などの外国の悪役レスラーをやっつける正義のヒーロー」という構図によって、敗戦国日本のルサンチマンに訴求することで一大ブームを作り上げました。
稀勢の里は今回優勝したことで、力動山や(一時期の)桜庭のポジションに祭り上げられてしまったのではないでしょうか。だいたい、ただでさえ永らくモンゴル人に独占されていた横綱の地位に稀勢の里が昇進して日本人からの期待が高まっていたところに。横綱昇進後最初の場所で12連勝→モンゴル人である日馬富士との取り組みで怪我を負いピンチに→しかし最後は同じくモンゴル人の照の富士相手に奇跡の逆転優勝を遂げる…という一連の流れは、「圧倒的な強さを誇る元が攻めてきたが、最後は神風が吹いて日本が勝った」という歴史の再演になってしまったように思います。
一方で今回の件では、照の富士や日馬富士などのモンゴル人力士は完全にヒールの立場に置かれてしまいました。彼らに対する人種差別発言なヤジが投げつけられたこと、そして、それをマスコミや相撲協会が容認したり黙認したりしたことは、少しだけ問題になったものの結局うやむやになって立ち消えてしまいました。例えばサッカーなどのスポーツであれば人種差別発言を行ったサポーターに対しては出入り禁止などの厳しい処分が科されたりするのですが、おそらく相撲協会はこの先もこの問題に対してはグズグズと曖昧な態度を取り続けることでしょう。「国技大相撲と外国人」というテーマは、永らく曖昧なまま保留し続けたために、今更真正面から向き合うことができないと思います。
プロレスの開祖である力動山は元力士で相撲との愛憎関係を終生引きずっていたそうです(弟子の猪木を相撲部屋に入れようとしたこともあったそうな)。そして、彼は実は日本人ではなく北朝鮮出身でした。逆輸入のような状態で戦後プロレス化しつつある今の相撲界を力動山は天国からどんな思いで見ているのでしょうかね?
2017年3月18日土曜日
世界の中心で「この世界の片隅に」について叫ぶ
気が付いたらすっかり春めいてまいりましたが。このblogを正月以来永らく放置しておりました。別に誰に何を言い訳する必要もないのでしょうが、理由はいろいろありまして。育児が忙しいとか、会社で異動があったりとちょっとバタバタしてたとか、リビングからダイニングテーブルを排除した結果PCに向かうための机と椅子がなくなったのでblogの更新が面倒になったとか、まぁ、いろいろあるにはあるのですよ。
そんな中でも、これはblogに書かずにはいられないような映画に出会ったので、今回はその話をさせていただきます。しかし、「この世界の片隅に」という映画は世間的にはほとんど話題になっていません。おそらく主人公の声を担当している「のん」こと能年玲奈の移籍騒動の影響で、大手のメディアがこの映画について一切スルーしてしまったからでしょう。しかし、それにもかかわらずこの映画は各方面から絶大な支持を受けています。特に、映画業界の方々からは絶賛されています。
いろんな人がいろんな媒体で言ってることの焼き直しになりますが、改めて自分の言葉でこの映画の何が素晴らしいのか説明してみると。戦争や原爆を描いた映画でありながら、見終わった後はものすごく暖かいもので頭の中が塗りつぶされたような気分になるのです。そして、後でこの映画について思い出す度に、この感覚が再現されます。どのシーンがどう、というわけでもなく、この映画について考えるだけでほぼ自動的に何か暖かいもので頭の中が塗りつぶされるのです。
日本人が戦争に関する映画を作ると、どうしても「蛍の墓」や「はだしのゲン」のように「かわいそう」「被害者としての日本人」等々の暗くて重い物を残してしまいます。一方で、戦争とは関係なければ単に「あたたかくて優しい気分になれる映画」もいくらでもあります。しかし、この映画は戦争の中でもあたたかい日常生活を営んでいた家族の姿を中心に据えています。そこがこれまでの日本人の作る戦争映画とは一線を画していて、その結果として、戦争が描かれているにも関わらず最後見終わった後に「あたたかい気分」になれるんじゃないかと思います。
ここで、岸田秀の内的自己・外的自己モデルを持ち出してみます。このモデルの骨子は、日本人はペリーの来航以来、「外的自己 = 他者や社会との折り合いをつけるための表面上の振る舞いを担当する役」と「内的自己 = 外的自己とは反対の妄想的な自己愛、ナルシズム」に分裂したというものです。岸田秀の説に少々独自解釈を加えてここ100年程度の日本の歴史を総括してみると、内的自己の暴走の末に第二次世界大戦で大敗し、その後「経済=金」によって内的自己を充足させてきたものの、経済成長に限界が見えはじめたところに震災が発生して、これまで押さえられていた内的自己のフタが開いてしまい、その後は安倍政権などに見られる通り「内的自己=ヤンキー性」の暴走が社会のあらゆるところで猛威を振るっている…と、ざっくり言えばこうなると思います。
「蛍の墓」や「はだしのゲン」の例で説明したように、これまでの日本人が作った戦争映画はどうしても「内的自己の慰撫」という側面を持ってしまい、それが見た後に何か重いものを残してしまいます。しかし、「この世界の片隅に」という映画は「内的自己の呪い」を呪鎮した上で、清貧でも楽しく生きていく道を示してるように思えるのです。これは日本人が長く抱えている「内的自己・外的自己の分裂」という病を治癒できる可能性を示しているのではないでしょうか?この映画について事後的に思い出す度に、とにかく「あたたかい何かに頭の中が塗りつぶされるような感覚」というのは、つまるところ、この治癒効果なんだと思います。
「この世界の片隅に」について言いたいことは以上で大体終わりなのですが、最後にどうしても一言、「のん」こと能年玲奈について触れておきたいと思います。今回の映画では広島弁の役でしたが、彼女の出世作の「あまちゃん」も含めて、この人は方言がよく似合います。というより、標準語で話しているとなにかしら違和感があるというか、物足りないようにさえ思います。今回の映画を通して思ったのですが、彼女は日本という国の片隅に暮らす人々の依り代=巫女という稀有な資質を持っているのではないでしょうか。今回の映画で直接実写で役を演じるのではなく声優としてアニメに命を吹き込む作業を行ったことによって、彼女の巫女性がより際立ったように思いました。その資質たるや、もはや長嶋茂雄とか山口百恵とか浅田真央とか、そのレベルだと思います。
そんな中でも、これはblogに書かずにはいられないような映画に出会ったので、今回はその話をさせていただきます。しかし、「この世界の片隅に」という映画は世間的にはほとんど話題になっていません。おそらく主人公の声を担当している「のん」こと能年玲奈の移籍騒動の影響で、大手のメディアがこの映画について一切スルーしてしまったからでしょう。しかし、それにもかかわらずこの映画は各方面から絶大な支持を受けています。特に、映画業界の方々からは絶賛されています。
いろんな人がいろんな媒体で言ってることの焼き直しになりますが、改めて自分の言葉でこの映画の何が素晴らしいのか説明してみると。戦争や原爆を描いた映画でありながら、見終わった後はものすごく暖かいもので頭の中が塗りつぶされたような気分になるのです。そして、後でこの映画について思い出す度に、この感覚が再現されます。どのシーンがどう、というわけでもなく、この映画について考えるだけでほぼ自動的に何か暖かいもので頭の中が塗りつぶされるのです。
日本人が戦争に関する映画を作ると、どうしても「蛍の墓」や「はだしのゲン」のように「かわいそう」「被害者としての日本人」等々の暗くて重い物を残してしまいます。一方で、戦争とは関係なければ単に「あたたかくて優しい気分になれる映画」もいくらでもあります。しかし、この映画は戦争の中でもあたたかい日常生活を営んでいた家族の姿を中心に据えています。そこがこれまでの日本人の作る戦争映画とは一線を画していて、その結果として、戦争が描かれているにも関わらず最後見終わった後に「あたたかい気分」になれるんじゃないかと思います。
ここで、岸田秀の内的自己・外的自己モデルを持ち出してみます。このモデルの骨子は、日本人はペリーの来航以来、「外的自己 = 他者や社会との折り合いをつけるための表面上の振る舞いを担当する役」と「内的自己 = 外的自己とは反対の妄想的な自己愛、ナルシズム」に分裂したというものです。岸田秀の説に少々独自解釈を加えてここ100年程度の日本の歴史を総括してみると、内的自己の暴走の末に第二次世界大戦で大敗し、その後「経済=金」によって内的自己を充足させてきたものの、経済成長に限界が見えはじめたところに震災が発生して、これまで押さえられていた内的自己のフタが開いてしまい、その後は安倍政権などに見られる通り「内的自己=ヤンキー性」の暴走が社会のあらゆるところで猛威を振るっている…と、ざっくり言えばこうなると思います。
「蛍の墓」や「はだしのゲン」の例で説明したように、これまでの日本人が作った戦争映画はどうしても「内的自己の慰撫」という側面を持ってしまい、それが見た後に何か重いものを残してしまいます。しかし、「この世界の片隅に」という映画は「内的自己の呪い」を呪鎮した上で、清貧でも楽しく生きていく道を示してるように思えるのです。これは日本人が長く抱えている「内的自己・外的自己の分裂」という病を治癒できる可能性を示しているのではないでしょうか?この映画について事後的に思い出す度に、とにかく「あたたかい何かに頭の中が塗りつぶされるような感覚」というのは、つまるところ、この治癒効果なんだと思います。
「この世界の片隅に」について言いたいことは以上で大体終わりなのですが、最後にどうしても一言、「のん」こと能年玲奈について触れておきたいと思います。今回の映画では広島弁の役でしたが、彼女の出世作の「あまちゃん」も含めて、この人は方言がよく似合います。というより、標準語で話しているとなにかしら違和感があるというか、物足りないようにさえ思います。今回の映画を通して思ったのですが、彼女は日本という国の片隅に暮らす人々の依り代=巫女という稀有な資質を持っているのではないでしょうか。今回の映画で直接実写で役を演じるのではなく声優としてアニメに命を吹き込む作業を行ったことによって、彼女の巫女性がより際立ったように思いました。その資質たるや、もはや長嶋茂雄とか山口百恵とか浅田真央とか、そのレベルだと思います。
2017年1月3日火曜日
日本人は非常時に向き合うことができない
これも2016年中に書こうと思っていたことを2017年の正月に書いています
これを書いているのは博多駅の陥没事故から一か月ちょっと経った2017年の正月です。本当はこの事故が起きた直後にこれについて書きたかったのですよ。でも、アレやコレをどうこうしているうちに気が付いたら年が明けてしまったのです。
さて。この事故から、たったの一週間で復旧したのは確かにスゴいと僕だって思います。でも、その背景には作業員が24時間夜を徹して作業してでも「早く、便利に」のために奉仕することに誰も異議を申し立てないというお国柄があるわけです。このお国柄は、電通などの過労死問題やamazonの無料配達で運輸会社の現場が疲弊している件などと表裏一体の関係にあるのではないでしょうか。イギリスは半年かかったといった「日本スゴイ記事」がありましたが、見方を変えれば日本では労働者がちゃんと保護されていないとか、イギリス人はその程度の不便をみんなで引き受けられる程度に社会が成熟しているとか、そういう風にも考えられるのではないかと僕は思います。
では、「働きすぎ日本人」という表面的な問題からもう一段掘り下げて「なぜそこまでしてまで復旧を急がなければいけないと日本人は思うのか?」ということについて考えてみたのですが。その結論として、タイトルにもあるように「日本人は非常時に向き合うことができない」のではないか?というのが本稿の趣旨です。地下鉄工事の場合は、事故という非常時に対して向き合うことができないから、夜を徹して工事をして一刻も早く「元に戻してなかったことにしたがる」のではないでしょうか?
ちょっと話題が飛びますが、別の具体例として会社の避難訓練の話をします。わが社では年二回避難訓練がありますが、伝令係やケガ人の救護係など、役割構成が規定されたマニュアルに準じて火災や地震などの避難訓練が行われなます。でもこの精緻な役割構成は、災害によってナントカ係の人がケガをして動けなくなるという可能性や出張・休暇でその場に居ないという可能性が全く考慮されていません。本当に災害への対策を考えるなら、せめてナントカ係が負傷で動けない場合に誰が代わりを務めるかということをその場で判断するような訓練をしないと意味を成さないでしょう。でも、そんなリアルな避難訓練を日本人はやろうとしないのです。
日本人は災害を恐れていて、常に災害に対して備えている。ここまでは事実なのです。でも、日本人の災害対策は単一のシナリオに沿って「すべて想定の範囲内で上手くいく」ことだけを前提にして、そのシナリオに過剰適応した準備だけを行って他のオプションや想定外の事態への対応を「考えないようにしてしまう」のではないでしょうか。つまり、日本人は本当の非常時に対して事前準備の段階ですでに向き合うことを放棄しているわけです。そして、いざ非常時になってみたらやっぱり非常時そのものと向き合うことから逃げて「とにかく一刻も早く元に戻して、非常時自体をなかったことにする」ことだけに執着してしまうのではないでしょうか。
少し脱線しますが、これは牧歌的な作戦計画のせいで戦死者のうち約6割は餓死や病死だった旧日本軍や、原発=一神教の神との付き合い方を根本的に間違えた末に原発事故という大災害を招いたといった過去の事例にも通じる日本人の病のようなものだと思います。
「日本人は非常時に向き合うことができない」というのは、改めて整理すると二つの要素に分解できると思います。
・非常時をリアルにシミュレートして柔軟な対応策を二重三重に検討することができない
・いざ非常時になったら、「無かったことにして元通りの生活に戻る」ことにだけ執着する
高橋源一郎は「非常時の言葉 震災の後で」という著書の中で、後者に対する違和感について言及しています。震災という「あの日」が日本人に何をもたらしたのか、非常に鋭い指摘をしています。とても味わいのある文章なので、ちょっと長いけど引用してみます。
「あの日」から、世界のどこかに歪が入ってしまったか、小さな、目に見えないような、ひびがはいってしまったのだ。
その理由のいくつかについては、少し前に書いたような気がする。
おそらく、ぼくたちは、気づいてしまったのだ。ぼくたちが生きている世界は、僕たちがなんとなくそう思ってきた世界より、ずっと、傷が多いことを。多くの欠陥を持っていることを。いや、ほんとうは、薄々、そんな気がしてきたのに、知らないふりをしていたのかもしれない。
いまでも、ぼくたちは、世界がどんな風にできているのか、世界でなにが起きているのかを、正確に知っているわけじゃない。でも、突然、目の前の「壁」にできた、近づいて見ないとわからないほどの、小さなか隙間から、冷たい風が吹いてくるのを感じている。
そして、その風を浴びると、「あの日」の前のように、はしゃぐことができないのである。
別の個所からもう一つ引用してみます。
たとえば「愛国心」というものが国旗に象徴されるなら、人びとは、翩翻とひるがえる旗を見上げながら、愛国の気持ちにうち震えるのである。その時、人びとの視線は、「上」に向かう。そして、そのことによって、昂然たる感覚に、人びとはとらわれる。
リンカーンの直前に演説したエヴァレットは、人びとの視線を「上」に誘導した。エヴァレットの「文章」は、人びとを、熱く高揚させるものだった。
だが、リンカーンは、その直後に現れて、人びとに「足下」を向くようにと呟き、聴衆を落胆させてしまったのだ。
この短い「文章」の中で、リンカーンは、ただ「死者」のことだけをしゃべっている。「死者」はどこにいるのか。彼らは「足下」の大地に、眠っている。そして、「私たち」は、その「死者」の眠る大地に「根を張る」必要があるのだ、と。
「あの日」から、多くの文章が読めないものになったのは、ぼくたちが、「死者」を見たからだ。いや、この目では見なかったかもしれないが、「死者」たちの存在を知ったからだ。僕たちが生きている世界は、ぼくたち生きている者たちだけの世界ではなく、そこに、「死者」たちもいることを、思い出したからだ。
「上」を向く文章は、そのことを忘れさせる。「下」に、「大地」に、「根」のある方に向かう文章だけが、「死者」を、もっと正確にいうなら、「死者」に象徴されるものを思いださせてくれるのである。
2014年にはしゃぎたがる日本人と題して、3.11以後の日本人がとにかく「はしゃぎたがっているように見える」ということを書いたのですが。その当時僕が言わんとしていたことを「上を向く」「下を向く」という言葉で高橋源一郎は的確に言い当てていると思います。例えば「おもてなし」とか「クールジャパン」とか「オリンピック」とか「日本スゴイ」とか、どれも僕には「上を向きたがる=はしゃぎたがる」ように見えるのです。これだけ3.11以降日本人が上ばっかり向きたがる理由は、足下に埋まっている死者、そして未だに日本は「震災後」という「非常時」が続いているという事実と向き合うことから逃げたいからなのではないでしょうか。
「上を向く」「下を向く」という言葉の比喩の通り、博多駅の陥没事故は我々の目を再び地面の下に向けさせました。それに対して日本人は「夜を徹して作業してでも元に戻してなかったことにする」→「一週間で復旧」→「日本スゴイ」と、病的とも言える熱意をもって最速で再び上を向きました。
でも、ずっと上ばかり見ていたがるのではなく、下を向いて死者について思いを馳せたり、未だに放射能が漏れ続ける原発の廃炉について考えてみることも必要ではないでしょうか?そして、来るべき未来の非常時にもちゃんと対応できるように準備をすることこそ日本に必要なのではないかと思います。あんまり希望の持てる結論にならなくてなんだか申し訳ないのですが、このペースで行くと次の非常時には本当に日本という国家が壊滅するくらいのことが起きそうな気がするのです。
これを書いているのは博多駅の陥没事故から一か月ちょっと経った2017年の正月です。本当はこの事故が起きた直後にこれについて書きたかったのですよ。でも、アレやコレをどうこうしているうちに気が付いたら年が明けてしまったのです。
さて。この事故から、たったの一週間で復旧したのは確かにスゴいと僕だって思います。でも、その背景には作業員が24時間夜を徹して作業してでも「早く、便利に」のために奉仕することに誰も異議を申し立てないというお国柄があるわけです。このお国柄は、電通などの過労死問題やamazonの無料配達で運輸会社の現場が疲弊している件などと表裏一体の関係にあるのではないでしょうか。イギリスは半年かかったといった「日本スゴイ記事」がありましたが、見方を変えれば日本では労働者がちゃんと保護されていないとか、イギリス人はその程度の不便をみんなで引き受けられる程度に社会が成熟しているとか、そういう風にも考えられるのではないかと僕は思います。
では、「働きすぎ日本人」という表面的な問題からもう一段掘り下げて「なぜそこまでしてまで復旧を急がなければいけないと日本人は思うのか?」ということについて考えてみたのですが。その結論として、タイトルにもあるように「日本人は非常時に向き合うことができない」のではないか?というのが本稿の趣旨です。地下鉄工事の場合は、事故という非常時に対して向き合うことができないから、夜を徹して工事をして一刻も早く「元に戻してなかったことにしたがる」のではないでしょうか?
ちょっと話題が飛びますが、別の具体例として会社の避難訓練の話をします。わが社では年二回避難訓練がありますが、伝令係やケガ人の救護係など、役割構成が規定されたマニュアルに準じて火災や地震などの避難訓練が行われなます。でもこの精緻な役割構成は、災害によってナントカ係の人がケガをして動けなくなるという可能性や出張・休暇でその場に居ないという可能性が全く考慮されていません。本当に災害への対策を考えるなら、せめてナントカ係が負傷で動けない場合に誰が代わりを務めるかということをその場で判断するような訓練をしないと意味を成さないでしょう。でも、そんなリアルな避難訓練を日本人はやろうとしないのです。
日本人は災害を恐れていて、常に災害に対して備えている。ここまでは事実なのです。でも、日本人の災害対策は単一のシナリオに沿って「すべて想定の範囲内で上手くいく」ことだけを前提にして、そのシナリオに過剰適応した準備だけを行って他のオプションや想定外の事態への対応を「考えないようにしてしまう」のではないでしょうか。つまり、日本人は本当の非常時に対して事前準備の段階ですでに向き合うことを放棄しているわけです。そして、いざ非常時になってみたらやっぱり非常時そのものと向き合うことから逃げて「とにかく一刻も早く元に戻して、非常時自体をなかったことにする」ことだけに執着してしまうのではないでしょうか。
少し脱線しますが、これは牧歌的な作戦計画のせいで戦死者のうち約6割は餓死や病死だった旧日本軍や、原発=一神教の神との付き合い方を根本的に間違えた末に原発事故という大災害を招いたといった過去の事例にも通じる日本人の病のようなものだと思います。
「日本人は非常時に向き合うことができない」というのは、改めて整理すると二つの要素に分解できると思います。
・非常時をリアルにシミュレートして柔軟な対応策を二重三重に検討することができない
・いざ非常時になったら、「無かったことにして元通りの生活に戻る」ことにだけ執着する
高橋源一郎は「非常時の言葉 震災の後で」という著書の中で、後者に対する違和感について言及しています。震災という「あの日」が日本人に何をもたらしたのか、非常に鋭い指摘をしています。とても味わいのある文章なので、ちょっと長いけど引用してみます。
「あの日」から、世界のどこかに歪が入ってしまったか、小さな、目に見えないような、ひびがはいってしまったのだ。
その理由のいくつかについては、少し前に書いたような気がする。
おそらく、ぼくたちは、気づいてしまったのだ。ぼくたちが生きている世界は、僕たちがなんとなくそう思ってきた世界より、ずっと、傷が多いことを。多くの欠陥を持っていることを。いや、ほんとうは、薄々、そんな気がしてきたのに、知らないふりをしていたのかもしれない。
いまでも、ぼくたちは、世界がどんな風にできているのか、世界でなにが起きているのかを、正確に知っているわけじゃない。でも、突然、目の前の「壁」にできた、近づいて見ないとわからないほどの、小さなか隙間から、冷たい風が吹いてくるのを感じている。
そして、その風を浴びると、「あの日」の前のように、はしゃぐことができないのである。
別の個所からもう一つ引用してみます。
たとえば「愛国心」というものが国旗に象徴されるなら、人びとは、翩翻とひるがえる旗を見上げながら、愛国の気持ちにうち震えるのである。その時、人びとの視線は、「上」に向かう。そして、そのことによって、昂然たる感覚に、人びとはとらわれる。
リンカーンの直前に演説したエヴァレットは、人びとの視線を「上」に誘導した。エヴァレットの「文章」は、人びとを、熱く高揚させるものだった。
だが、リンカーンは、その直後に現れて、人びとに「足下」を向くようにと呟き、聴衆を落胆させてしまったのだ。
この短い「文章」の中で、リンカーンは、ただ「死者」のことだけをしゃべっている。「死者」はどこにいるのか。彼らは「足下」の大地に、眠っている。そして、「私たち」は、その「死者」の眠る大地に「根を張る」必要があるのだ、と。
「あの日」から、多くの文章が読めないものになったのは、ぼくたちが、「死者」を見たからだ。いや、この目では見なかったかもしれないが、「死者」たちの存在を知ったからだ。僕たちが生きている世界は、ぼくたち生きている者たちだけの世界ではなく、そこに、「死者」たちもいることを、思い出したからだ。
「上」を向く文章は、そのことを忘れさせる。「下」に、「大地」に、「根」のある方に向かう文章だけが、「死者」を、もっと正確にいうなら、「死者」に象徴されるものを思いださせてくれるのである。
2014年にはしゃぎたがる日本人と題して、3.11以後の日本人がとにかく「はしゃぎたがっているように見える」ということを書いたのですが。その当時僕が言わんとしていたことを「上を向く」「下を向く」という言葉で高橋源一郎は的確に言い当てていると思います。例えば「おもてなし」とか「クールジャパン」とか「オリンピック」とか「日本スゴイ」とか、どれも僕には「上を向きたがる=はしゃぎたがる」ように見えるのです。これだけ3.11以降日本人が上ばっかり向きたがる理由は、足下に埋まっている死者、そして未だに日本は「震災後」という「非常時」が続いているという事実と向き合うことから逃げたいからなのではないでしょうか。
「上を向く」「下を向く」という言葉の比喩の通り、博多駅の陥没事故は我々の目を再び地面の下に向けさせました。それに対して日本人は「夜を徹して作業してでも元に戻してなかったことにする」→「一週間で復旧」→「日本スゴイ」と、病的とも言える熱意をもって最速で再び上を向きました。
でも、ずっと上ばかり見ていたがるのではなく、下を向いて死者について思いを馳せたり、未だに放射能が漏れ続ける原発の廃炉について考えてみることも必要ではないでしょうか?そして、来るべき未来の非常時にもちゃんと対応できるように準備をすることこそ日本に必要なのではないかと思います。あんまり希望の持てる結論にならなくてなんだか申し訳ないのですが、このペースで行くと次の非常時には本当に日本という国家が壊滅するくらいのことが起きそうな気がするのです。
2017年1月1日日曜日
カジノと原発と清貧のJリーグ
本当は21016年中になんとか書こうと思ってたことを、2017年の正月休みに書いています
2016年もクラブW杯が日本で開催されました。このクラブW杯というイベントは世界中のサッカーファンが注目するイベントなのですが、なぜかこのイベントに対する日本人の姿勢はどこか冷淡なのです。「おもてなし」とか言って東京オリンピック等にはしゃぎたがる人達もこのイベントに対してはあまり反応してる気配がありません。この、クラブW杯に対する日本人の「あー、好きな人にはたぶん一大イベントなんだろうねー。自分にはあんまり関係ないけど。」という微温的な反応には、その昔大物の外タレがコンサートのために来日した時のような空気を感じて、なんだか少し懐かしいような気さえします。
ともあれこのクラブW杯はかなり長い間日本で開催されています。元々は欧州と南米のチャンピオンが世界一を競う大会だったらしいのですが、ホーム&アウェイ方式でやると熱狂的なサポーターによって敵方の選手に対する妨害があまりにひどくて問題になったそうです。で、協議の末「サッカーにあまり関心のない安全な中立国でのワンマッチ勝負」という方式を取ることとなり、結果的に欧州にも南米にも遠くて安全でお金がある日本が選ばれたのが始まりなのだそうです。僕はこの「ジャイアンに都合よくつかわれるスネ夫」みたいな日本のポジションは割と好きなのですが、「おもてなし」好きの皆様がクラブW杯に関心が薄いのはもしかしたらその辺りがお気に召さないのかもしれません。
これを岸田秀の「内的自己、外的自己モデル」で考えると、クラブW杯は「外的自己 = 他者や社会との折り合いをつけるための表面上の振る舞いを担当する役」だけの問題であるのに対して、オリンピックや「おもてなし」は外的自己のフリをした「 内的自己 = 外的自己とは反対の妄想的な自己愛、ナルシズム」のセルフ接待であって、この違いがクラブW杯に対する日本人の微温的な反応につながっているのではないかと思います。
さてそんなクラブW杯ですが。2016年の決勝戦はかつて例を見ないほどの盛り上がり?を見せました。というのも、開催国枠で出場した鹿島アントラーズが南米王者を下してまさかの決勝進出となり、欧州王者のレイアール・マドリと決勝戦で戦うことになったのです。もうこの時点で鹿島は大金星と言ってもいいくらいなのですが、なんとその決勝戦で一時はレイアール・マドリに対して一点差でリードするという大健闘を見せたのです。最終的には負けちゃいましたが、延長戦までマドリを苦しめるような展開はほぼ誰も予測していなかったと言ってよいでしょう。
この試合で鹿島の大健闘の原動力となったのは2ゴールを挙げた柴崎岳というMFの選手でした。そして、世界中の目が向けられてる場で活躍した選手には当然欧州のサッカーからもお声がかかるようになるのですが。柴崎についての海外メディアの反応は「この新たなスターのお値段はたったの200万ユーロ」というものでした。これ、確かに安いです。この10倍とはいかなくても5倍くらいのお値段はついてもいいと思うのですが、Jリーグってやっぱり欧州のサッカーと比べると経済的な規模感が全然違います。Jリーグは創立当初こそストイコビッチやジーコなど(旬を過ぎていたとはいえ)ビッグネームを呼んでましたが、最近はめっきりこういう大物外国人選手がいなくなりました。
一方でお隣の中国では欧州のトップ選手の爆買いがどんどんエスカレートしていて、バブル経済のような状況を呈しています。この中国の状況と比べると、日本のJリーグは「清貧のリーグ」という言葉がぴったり当てはまるように思います。Jリーグはその設立当初より欧州のクラブ組織に倣って地域密着型のクラブを地域と作り上げていくということを目指してきました。そして、それはある程度成功したと思います。でも、その結果として日本に出来上がったものは「みんな均一に清貧のリーグ」であって、欧州のようにビッグクラブと弱小クラブとで資本力(≒街の規模)の格差がそのまま露骨に戦力に反映されるようなことにはなりませんでした。
さてここでカジノの話になるのですが。サッカーなどのプロスポーツで飛び交うお金のスケールはその国の富裕層のスケール感とほぼ比例しているのではないかと思うのです。こうやって考えると、Jリーグに見て取れる日本人の「清貧」ぶりと海外の超富裕層が豪遊するための「カジノ」は絶望的に噛み合わないのではないかと思うのです。例えば中国にはすでにカジノで豪遊するような富裕層が結構いるようですが、日本にはそういうスケールの金持ちってそんなにいないんじゃないでしょうか。日本にカジノができなかったのは法律の問題もさることながら、「カジノで豪遊するような超富裕層」が日本にはそんなにいないので国内にそこまで需要がなかった上に、大半の庶民である「清貧の日本人」にはカジノのスケール観が全く理解できなかったからなのではないでしょうか?言い換えると、「カジノは日本には必要もなかった上に、そもそもカジノの世界観が理解できないので作れなかった」のではないかと思います。
安倍政権や維新はこのカジノ構想に対して殊更執着し続けた挙句に国会での議論の時間を般若心経で埋める?という謎の行動に出てまでカジノ法案を成立させたのですが。現在のところ構想されているカジノの話はやっぱり内田先生の言うようにでかいパチンコ屋程度で、プライベートジェットやクルーザーでカジノに乗り付ける超富裕層の世界観から遠くかけ離れたものになっています。例えば、日本人の考えるカジノの構想には「カジノのあるエリアに電車を引いて地域の振興を」といったバラマキ型ハコモノ地域振興の発想がそのまま盛り込まれていたりするのですが、カジノの客である超富裕層が電車に乗ってくるとは到底考えられないです。また、ギャンブル依存症への懸念に対しては「ギャンブル依存症への対策もセットにする」とか言ってたりするのですが、ギャンブル依存症の末に身を持ち崩しても「自業自得」と言われて済むレベルの富裕層しか相手にしないのが本当のカジノなのではないでしょういか?
Jリーグ→カジノと来て、どうしてもこの流れで触れておきたいので原発の話をします。というのも、カジノと原発は日本人には致命的に理解できないという点が共通しているのです。こうやって考えると、カジノは「もんじゅ」のように、さんざん税金をつぎ込んだ挙句にほぼ何ももたらさないままに終わる可能性が極めて高いのではないかと思います。さらにカジノと原発という話の流れで言うと、3.11であそこまで大失敗したにもかかわらず、地震国である日本でどんどん原発を稼働させようとするのは、ギャンブル依存症とほとんど変わらないのではないかと僕は思います。
第二次安倍政権後の自民党のポスターに「日本を取り戻す」というスローガンが書かれていましたが(あれって今も現役なのでしょうか?)、あれこそまさに「負けを取り返したと納得するまで続けてしまう」というギャンブルから抜け出せない人のマインドをそのまま体現しているのではないかと思います。脱線ついでに言うと、あのポスターは「誰から取り返すのか?」「何を取り返すのか?」という肝心のところをうやむやにしたまま、被害者意識だけを煽って、リスクの高い原発を再稼働というギャンブルに参加することについて国民的合意を形成しようとしているように見えました。
あんまり日本の文句ばっかり言ってるのは僕も辛いので少し希望の持てる話をして終わろうと思いますが、僕は清貧のJリーグにこそ日本の進むべき道を示しているように思います。欧州のビッグクラブと比べたら慎ましやかなものかもしれませんが、地域に根ざした地道なクラブ組織=ローカリズムは世界のグローバル化の次に来るべきものを先取りしているようにも思えます。そして、Jリーグだって時にはクラブW杯における鹿島のように世界レベルに匹敵するパフォーマンスを見せることだってあります。これくらいで日本はちょうど良いんじゃないかな。
2016年もクラブW杯が日本で開催されました。このクラブW杯というイベントは世界中のサッカーファンが注目するイベントなのですが、なぜかこのイベントに対する日本人の姿勢はどこか冷淡なのです。「おもてなし」とか言って東京オリンピック等にはしゃぎたがる人達もこのイベントに対してはあまり反応してる気配がありません。この、クラブW杯に対する日本人の「あー、好きな人にはたぶん一大イベントなんだろうねー。自分にはあんまり関係ないけど。」という微温的な反応には、その昔大物の外タレがコンサートのために来日した時のような空気を感じて、なんだか少し懐かしいような気さえします。
ともあれこのクラブW杯はかなり長い間日本で開催されています。元々は欧州と南米のチャンピオンが世界一を競う大会だったらしいのですが、ホーム&アウェイ方式でやると熱狂的なサポーターによって敵方の選手に対する妨害があまりにひどくて問題になったそうです。で、協議の末「サッカーにあまり関心のない安全な中立国でのワンマッチ勝負」という方式を取ることとなり、結果的に欧州にも南米にも遠くて安全でお金がある日本が選ばれたのが始まりなのだそうです。僕はこの「ジャイアンに都合よくつかわれるスネ夫」みたいな日本のポジションは割と好きなのですが、「おもてなし」好きの皆様がクラブW杯に関心が薄いのはもしかしたらその辺りがお気に召さないのかもしれません。
これを岸田秀の「内的自己、外的自己モデル」で考えると、クラブW杯は「外的自己 = 他者や社会との折り合いをつけるための表面上の振る舞いを担当する役」だけの問題であるのに対して、オリンピックや「おもてなし」は外的自己のフリをした「 内的自己 = 外的自己とは反対の妄想的な自己愛、ナルシズム」のセルフ接待であって、この違いがクラブW杯に対する日本人の微温的な反応につながっているのではないかと思います。
さてそんなクラブW杯ですが。2016年の決勝戦はかつて例を見ないほどの盛り上がり?を見せました。というのも、開催国枠で出場した鹿島アントラーズが南米王者を下してまさかの決勝進出となり、欧州王者のレイアール・マドリと決勝戦で戦うことになったのです。もうこの時点で鹿島は大金星と言ってもいいくらいなのですが、なんとその決勝戦で一時はレイアール・マドリに対して一点差でリードするという大健闘を見せたのです。最終的には負けちゃいましたが、延長戦までマドリを苦しめるような展開はほぼ誰も予測していなかったと言ってよいでしょう。
この試合で鹿島の大健闘の原動力となったのは2ゴールを挙げた柴崎岳というMFの選手でした。そして、世界中の目が向けられてる場で活躍した選手には当然欧州のサッカーからもお声がかかるようになるのですが。柴崎についての海外メディアの反応は「この新たなスターのお値段はたったの200万ユーロ」というものでした。これ、確かに安いです。この10倍とはいかなくても5倍くらいのお値段はついてもいいと思うのですが、Jリーグってやっぱり欧州のサッカーと比べると経済的な規模感が全然違います。Jリーグは創立当初こそストイコビッチやジーコなど(旬を過ぎていたとはいえ)ビッグネームを呼んでましたが、最近はめっきりこういう大物外国人選手がいなくなりました。
一方でお隣の中国では欧州のトップ選手の爆買いがどんどんエスカレートしていて、バブル経済のような状況を呈しています。この中国の状況と比べると、日本のJリーグは「清貧のリーグ」という言葉がぴったり当てはまるように思います。Jリーグはその設立当初より欧州のクラブ組織に倣って地域密着型のクラブを地域と作り上げていくということを目指してきました。そして、それはある程度成功したと思います。でも、その結果として日本に出来上がったものは「みんな均一に清貧のリーグ」であって、欧州のようにビッグクラブと弱小クラブとで資本力(≒街の規模)の格差がそのまま露骨に戦力に反映されるようなことにはなりませんでした。
さてここでカジノの話になるのですが。サッカーなどのプロスポーツで飛び交うお金のスケールはその国の富裕層のスケール感とほぼ比例しているのではないかと思うのです。こうやって考えると、Jリーグに見て取れる日本人の「清貧」ぶりと海外の超富裕層が豪遊するための「カジノ」は絶望的に噛み合わないのではないかと思うのです。例えば中国にはすでにカジノで豪遊するような富裕層が結構いるようですが、日本にはそういうスケールの金持ちってそんなにいないんじゃないでしょうか。日本にカジノができなかったのは法律の問題もさることながら、「カジノで豪遊するような超富裕層」が日本にはそんなにいないので国内にそこまで需要がなかった上に、大半の庶民である「清貧の日本人」にはカジノのスケール観が全く理解できなかったからなのではないでしょうか?言い換えると、「カジノは日本には必要もなかった上に、そもそもカジノの世界観が理解できないので作れなかった」のではないかと思います。
安倍政権や維新はこのカジノ構想に対して殊更執着し続けた挙句に国会での議論の時間を般若心経で埋める?という謎の行動に出てまでカジノ法案を成立させたのですが。現在のところ構想されているカジノの話はやっぱり内田先生の言うようにでかいパチンコ屋程度で、プライベートジェットやクルーザーでカジノに乗り付ける超富裕層の世界観から遠くかけ離れたものになっています。例えば、日本人の考えるカジノの構想には「カジノのあるエリアに電車を引いて地域の振興を」といったバラマキ型ハコモノ地域振興の発想がそのまま盛り込まれていたりするのですが、カジノの客である超富裕層が電車に乗ってくるとは到底考えられないです。また、ギャンブル依存症への懸念に対しては「ギャンブル依存症への対策もセットにする」とか言ってたりするのですが、ギャンブル依存症の末に身を持ち崩しても「自業自得」と言われて済むレベルの富裕層しか相手にしないのが本当のカジノなのではないでしょういか?
Jリーグ→カジノと来て、どうしてもこの流れで触れておきたいので原発の話をします。というのも、カジノと原発は日本人には致命的に理解できないという点が共通しているのです。こうやって考えると、カジノは「もんじゅ」のように、さんざん税金をつぎ込んだ挙句にほぼ何ももたらさないままに終わる可能性が極めて高いのではないかと思います。さらにカジノと原発という話の流れで言うと、3.11であそこまで大失敗したにもかかわらず、地震国である日本でどんどん原発を稼働させようとするのは、ギャンブル依存症とほとんど変わらないのではないかと僕は思います。
第二次安倍政権後の自民党のポスターに「日本を取り戻す」というスローガンが書かれていましたが(あれって今も現役なのでしょうか?)、あれこそまさに「負けを取り返したと納得するまで続けてしまう」というギャンブルから抜け出せない人のマインドをそのまま体現しているのではないかと思います。脱線ついでに言うと、あのポスターは「誰から取り返すのか?」「何を取り返すのか?」という肝心のところをうやむやにしたまま、被害者意識だけを煽って、リスクの高い原発を再稼働というギャンブルに参加することについて国民的合意を形成しようとしているように見えました。
あんまり日本の文句ばっかり言ってるのは僕も辛いので少し希望の持てる話をして終わろうと思いますが、僕は清貧のJリーグにこそ日本の進むべき道を示しているように思います。欧州のビッグクラブと比べたら慎ましやかなものかもしれませんが、地域に根ざした地道なクラブ組織=ローカリズムは世界のグローバル化の次に来るべきものを先取りしているようにも思えます。そして、Jリーグだって時にはクラブW杯における鹿島のように世界レベルに匹敵するパフォーマンスを見せることだってあります。これくらいで日本はちょうど良いんじゃないかな。
2016年12月3日土曜日
三木谷さん、プロレスから学んでください
楽天が来季からFCバルセロナのユニフォームの胸スポンサーになるんだそうです。楽天および三木谷氏についてはこことかここで言及している通り、僕はあんまり良い印象を持っていません。なので、このニュースを僕は忸怩たる思いで見ていました。僕にとってFCバルセロナの試合を見るのは、帰国以来どんどん遠くなっていくスペインと自分をつなぐ数少ないチャネルの一つなのです。だから僕の忸怩たる思いの主たる理由は「僕とスペインとの間に日本人が土足で踏み込んできた。しかもそれがよりによって三木谷氏だった。」ということなのでしょう。
僕が知る限りのバルセロナ在住の日本人の反応も概ね非常にネガティブでした。EU最低の英語通用度を誇り、グローバル化とか競争とかいうものと真逆の存在であるスペインで長年生活している人からみれば、日本人が欧米の「グローバル企業」の真似事を今更周回遅れでやってるのは一番みっともなく見えるんだろうと思います。一方で、バルセロナの地元の反応は「中東のオイルマネーの匂いがする現在のカタール航空が嫌だから、それよりはよく知らないけどrakutenの方がいいんじゃない?」といった具合に、非常に消極的な理由ではありますが在住日本人よりは好意的な反応が多いそうです。
ちなみに楽天は英語公用語化とかいってイキっているわりには海外進出はほとんど成功していないそうで。スペインに至っては既に2016年6月にスペインから撤退しています。FCバルセロナは世界中が注目しているチームではあるので、勿論スポンサーの広告効果はスペインだけのためのものではないのでしょうが。とはいえスペイン目線で考えると、「ゲーム機のハードを捨ててしまった後にそのハード専用のゲームを買う」というぐらい不可解な行動に見えますね。
ちなみに、楽天の胸スポンサーの話がニュースに出て以来、バルサは1勝3分と大不調に陥っています。。これを書いている現在は「あと数時間でクラシコ(レイアール・マドリとバルサの伝統の一戦)で、ここで負けると今シーズンはかなり厳しくなる」という状況なのですが、これでマドリに負けでもしたらいよいよ楽天に責任取ってほしいです。
散々FCバルセロナの話をしてしまいましたが、実は、本日話題に取り上げたいのはサッカーではなく野球の話なのです。三木谷氏がプロ野球のオーナー会議で外国人枠の撤廃を提案したという話について、色々とモノ申したいことがあるのです。まず三木谷氏の主張はこういうことなんだそうです。「過去に欧州サッカーで撤廃をしたら盛り上がった例がある。世界レベルのリーグをつくり、プロとして最高のプレーをファンに見せるためには日本人も外国人もない」。
もしも、仮に。外国人枠を撤廃した結果、ほとんど外国人だらけになったチームが最高のプレーを見せたとして。そのチームを応援するファンはどこの誰なんでしょう?もはやその時には「ファン」は日本人である必要さえもないのかもしれないですが、現在の日本のプロ野球ファンがそのまま三木谷氏の言葉に出てくる「ファン」になってくれるとは到底思えません。少なくとも現在の日本のプロ野球ファンの大半は地域や郷土への愛着をチームに投影することでファンたりえているわけで、じゃあ外国人だらけのチームに対して何も抵抗なく同じことができるか?というと、それは日本人にはかなり厳しいのではないでしょういか。
三木谷氏の発言に伏流しているマインドは要するにこういうことなんだと思います。「オレ=楽天はグローバル企業として、日本国内に留まらずに世界中の企業と同じ土俵の上で勝負をしている。オレはそのグローバル企業の世界観をプロ野球も含めたあらゆるものに持ち込むのが当然だと思っているけど、何か文句あるか?」「プロ野球はビジネスの観点からするとコンテンツだ。いいコンテンツを作れば世界中のお客さんを相手にビジネスができるはずだ。」。
過去にも、このようなビジネスのマインドをそのままプロ野球に持ち込もうとした人がいました。村上ファンドの村上世彰氏による阪神買収騒動です。村上氏の主張をあまりちゃんと理解できている自信は無いのですが、彼は「ファンが株主になる」といった形で株式会社のフォーマットをそのままプロ野球の球団の運営/経営とファンの関係に援用することを主張していたように思います。あのとき結局どういう顛末で買収にならなかったのかは記憶にないのですが、大半の阪神ファンの反応は非常にネガティブなものでした。原因は村上氏の胡散臭さにもあるのでしょうが、そもそもプロ野球にビジネスの世界観を持ち込まれることに対してかなり強い拒否反応があったのだと思います。
あんまり文句ばっかり言ってても仕方ないので、最後に僕からの代案なのですが。一言でいうとタイトルにもあるように「プロレスから学んでください」です。プロレスはその草創期から外国人レスラーのヒール(悪役)を日本人が倒すというフォーマットを大なり小なり伝統として維持してきました。WBCやサッカーの日本代表を見てもわかるように、「日本vs外国」という構図には日本人は目がありません。だから、このフォーマットをプロ野球に恒常的に持ち込めば良いのです。
例えば、日本のプロ野球の各リーグに一球団だけ外国人だけを集めた強いチームを作るのです。監督は矢沢永吉とか蝶野正洋みたいに普段から無駄に周りを外国人で固めている人がよいでしょう(日本のプロ野球にこういう人材はなかなかいない)。なるだけヒールに適した憎たらしくてスゴいパワーの外国人を集めてくるとヒットすること間違いなしです。
あるいは、日中台韓くらいの東アジア圏でリーグを作って、恒常的にWBCみたいな状態を作るのもよいのではないでしょうか?これも盛り上がることは間違いないと思います。欧州のサッカーは「過去にさんざん戦争をして懲りた反省から、サッカーが都市、国家、民族の代理戦争をやって程々にガス抜きをしている」という側面もありますが、これと同じ効果が東アジアでも期待できそうな気がします。
僕が知る限りのバルセロナ在住の日本人の反応も概ね非常にネガティブでした。EU最低の英語通用度を誇り、グローバル化とか競争とかいうものと真逆の存在であるスペインで長年生活している人からみれば、日本人が欧米の「グローバル企業」の真似事を今更周回遅れでやってるのは一番みっともなく見えるんだろうと思います。一方で、バルセロナの地元の反応は「中東のオイルマネーの匂いがする現在のカタール航空が嫌だから、それよりはよく知らないけどrakutenの方がいいんじゃない?」といった具合に、非常に消極的な理由ではありますが在住日本人よりは好意的な反応が多いそうです。
ちなみに楽天は英語公用語化とかいってイキっているわりには海外進出はほとんど成功していないそうで。スペインに至っては既に2016年6月にスペインから撤退しています。FCバルセロナは世界中が注目しているチームではあるので、勿論スポンサーの広告効果はスペインだけのためのものではないのでしょうが。とはいえスペイン目線で考えると、「ゲーム機のハードを捨ててしまった後にそのハード専用のゲームを買う」というぐらい不可解な行動に見えますね。
ちなみに、楽天の胸スポンサーの話がニュースに出て以来、バルサは1勝3分と大不調に陥っています。。これを書いている現在は「あと数時間でクラシコ(レイアール・マドリとバルサの伝統の一戦)で、ここで負けると今シーズンはかなり厳しくなる」という状況なのですが、これでマドリに負けでもしたらいよいよ楽天に責任取ってほしいです。
散々FCバルセロナの話をしてしまいましたが、実は、本日話題に取り上げたいのはサッカーではなく野球の話なのです。三木谷氏がプロ野球のオーナー会議で外国人枠の撤廃を提案したという話について、色々とモノ申したいことがあるのです。まず三木谷氏の主張はこういうことなんだそうです。「過去に欧州サッカーで撤廃をしたら盛り上がった例がある。世界レベルのリーグをつくり、プロとして最高のプレーをファンに見せるためには日本人も外国人もない」。
もしも、仮に。外国人枠を撤廃した結果、ほとんど外国人だらけになったチームが最高のプレーを見せたとして。そのチームを応援するファンはどこの誰なんでしょう?もはやその時には「ファン」は日本人である必要さえもないのかもしれないですが、現在の日本のプロ野球ファンがそのまま三木谷氏の言葉に出てくる「ファン」になってくれるとは到底思えません。少なくとも現在の日本のプロ野球ファンの大半は地域や郷土への愛着をチームに投影することでファンたりえているわけで、じゃあ外国人だらけのチームに対して何も抵抗なく同じことができるか?というと、それは日本人にはかなり厳しいのではないでしょういか。
三木谷氏の発言に伏流しているマインドは要するにこういうことなんだと思います。「オレ=楽天はグローバル企業として、日本国内に留まらずに世界中の企業と同じ土俵の上で勝負をしている。オレはそのグローバル企業の世界観をプロ野球も含めたあらゆるものに持ち込むのが当然だと思っているけど、何か文句あるか?」「プロ野球はビジネスの観点からするとコンテンツだ。いいコンテンツを作れば世界中のお客さんを相手にビジネスができるはずだ。」。
過去にも、このようなビジネスのマインドをそのままプロ野球に持ち込もうとした人がいました。村上ファンドの村上世彰氏による阪神買収騒動です。村上氏の主張をあまりちゃんと理解できている自信は無いのですが、彼は「ファンが株主になる」といった形で株式会社のフォーマットをそのままプロ野球の球団の運営/経営とファンの関係に援用することを主張していたように思います。あのとき結局どういう顛末で買収にならなかったのかは記憶にないのですが、大半の阪神ファンの反応は非常にネガティブなものでした。原因は村上氏の胡散臭さにもあるのでしょうが、そもそもプロ野球にビジネスの世界観を持ち込まれることに対してかなり強い拒否反応があったのだと思います。
あんまり文句ばっかり言ってても仕方ないので、最後に僕からの代案なのですが。一言でいうとタイトルにもあるように「プロレスから学んでください」です。プロレスはその草創期から外国人レスラーのヒール(悪役)を日本人が倒すというフォーマットを大なり小なり伝統として維持してきました。WBCやサッカーの日本代表を見てもわかるように、「日本vs外国」という構図には日本人は目がありません。だから、このフォーマットをプロ野球に恒常的に持ち込めば良いのです。
例えば、日本のプロ野球の各リーグに一球団だけ外国人だけを集めた強いチームを作るのです。監督は矢沢永吉とか蝶野正洋みたいに普段から無駄に周りを外国人で固めている人がよいでしょう(日本のプロ野球にこういう人材はなかなかいない)。なるだけヒールに適した憎たらしくてスゴいパワーの外国人を集めてくるとヒットすること間違いなしです。
あるいは、日中台韓くらいの東アジア圏でリーグを作って、恒常的にWBCみたいな状態を作るのもよいのではないでしょうか?これも盛り上がることは間違いないと思います。欧州のサッカーは「過去にさんざん戦争をして懲りた反省から、サッカーが都市、国家、民族の代理戦争をやって程々にガス抜きをしている」という側面もありますが、これと同じ効果が東アジアでも期待できそうな気がします。
2016年11月6日日曜日
核家族の元子役の育児
気が付けば2ヶ月以上このblogを放置しておりました。時々思いつくことはあって、ネタ帳にちらほらメモはしているのですが、だいたいそこまでで止まってしまうのです。なぜこうなるかって、まぁ、一言で言うと育児が忙しいのです。このblogは主に土日の夜に書いてることが多いのですが、子供がどんどん外出したがるようになって一回の外出あたりの時間も長くなってきたりすると、夜にわざわざblogを書く気になかなかならないのですね。。
というわけで今回は育児の話なのですが。度々このblogでも言及しているように、日本って育児が大変な国だと思うのですよ。文化的にマザコン国家であるために育児に親がかけるコスト(労力)が高すぎるとか、行政がちっとも育児を本気で支援しようとしないとか、まぁそりゃ色々と理由はあるのですが、今回は「育児に苦労している日本の子育て世代(≒団塊Jr.世代)は、高度経済成長の時代に核家族化を進めたツケを払っているのではないか?」ということについて考えてみます。
僕が育ったのは都会の郊外にある典型的なニュータウンでした。4歳のときにそこに両親がマイホームを買い、高校卒業までの14年くらいニュータウンで育ちました。近所にいくつかは「おじいちゃん、おばあちゃん」が同居している家庭もありましたが、ニュータウンの多くは古い地縁社会から離れて都会に出て結婚し、子供が増えて手狭になってきたところで郊外にマイホームを手に入れた団塊世代で構成されていました。だから、僕が育ったニュータウンでは近所に赤ちゃんが生まれたという話を聞いた記憶がありません。
ニュータウンはあまりに典型的すぎるかもしれませんが、高度経済成長以降の日本は大なり小なり核家族化し、また地縁社会も解体されてしまいました。勿論、嫁姑問題などに煩わされないで済むとか、色々といいことだってあったのでしょう。しかし、育児は完全に個々の家庭の中に隠蔽されてしまい、結果として高度経済成長以前の日本人なら当たり前に持っていたであろう最低限の育児リテラシー(首の座ってない子供の抱っこのしかたとか、おむつを替えるとか)さえも身に付けないまま大人になってしまう人を量産してしまったのではないでしょうか?と、自分を含めた団塊Jr.世代が子育てに苦労しているのを見てて思うのです。
僕に子供が生まれたときに、僕の友達で最初に子供を見に来てくれたのはメキシコ人でした。彼は独身で子供はいないし、普段の彼の立ち振る舞いからするとあんまり子供が好きそうには見えないし、ましてや生まれたての首のすわってない赤ちゃんの扱い方なんて全然わからないだろうと思っていたのですが。いざ我が家に来るなり、手慣れた手つきで子供を抱っこし始めたのです。正直なところびっくりしました。その段階での育児技能に関しては僕よりもたぶん上だったと思います。
なんでそんなに手慣れているのかと聞いてみたら、「だって俺は17人兄弟の末っ子なんだぜ?だから昔から甥っ子や姪っ子の面倒はさんざん見てきたから、これくらいのことは当たり前にできるよ。」と答えました。17人兄弟という、ビッグダディみたいな家庭が彼の世代のメキシコで当たり前なのかは判別しかねるので、彼をメキシコ人独身男性の標準モデルとするには早計なのでしょうが。核家族化する前の日本では、周りに子供が身近にいて、子供の面倒を当たり前のように見て育っていたので、男性でもこの程度の育児リテラシーはあったのではないかと思うのです。
繰り返しになりますが、高度経済成長期以前の日本ではRPGでいうとレベル7程度の最低限の育児リテラシーが独身男性でもあったのではないかと思うのです。しかし、団塊世代が作り上げた核家族の中で育った団塊Jr.世代の大半は親族の子供の面倒を見ることも無ければ、近所の子供の面倒を見る経験も全く無いまま大人になってしまいました。だから、いざ自分に子供ができてみたら本当に全部レベル1から始めることになってしまったのではないかと思うのです。この状況をやや自嘲的に言うと、タイトルにあるように僕も含めた団塊Jr.世代の育児は「核家族の元子役の育児」なのではないかと思います。みんなレベル1から始めることになる上に、「ちょっと見てて」ができる地縁社会なんてとうの昔に無くなっているので、そりゃ大変なわけですよ。
「じゃぁどうすればいいの?」と言われると、そう簡単にクリアカットな答えなんて返せないのですが。少なくとも「マザコン国家」である日本では、欧米とは子供や育児に対する文化的背景が全く違うということを勘定に入れて議論するべきだと思いますよ。よく、「フランスでは育児休暇が3年で…」とか言う人いますけど、ああやって個別の課題について外国との差異を論じるだけでは「木を見て森を見ていない」のではないかと思います。日本では子供の夜泣きや甘えに親が根気よく付き合う分だけ育児のコストが欧米より遥かに高いと思います。別の言い方をすると、欧米人の育児には「一人で生きていけるようにしてあげる」というコンセプトが徹底していますが、日本人はそのように教育されません。
少子化の話を突き詰めると最後は社会のあらゆる問題を論じることになってしまうのでキリが無いのですが。育休や保育園などの表面的な対策をいくらやったところで、「経済=金のために人が生きている」という国ではなく「人が幸せに生きるために社会や国家がある」という国にならない限り、少子化傾向そのものはこの先も避けようがないのではないでしょうか?
というわけで今回は育児の話なのですが。度々このblogでも言及しているように、日本って育児が大変な国だと思うのですよ。文化的にマザコン国家であるために育児に親がかけるコスト(労力)が高すぎるとか、行政がちっとも育児を本気で支援しようとしないとか、まぁそりゃ色々と理由はあるのですが、今回は「育児に苦労している日本の子育て世代(≒団塊Jr.世代)は、高度経済成長の時代に核家族化を進めたツケを払っているのではないか?」ということについて考えてみます。
僕が育ったのは都会の郊外にある典型的なニュータウンでした。4歳のときにそこに両親がマイホームを買い、高校卒業までの14年くらいニュータウンで育ちました。近所にいくつかは「おじいちゃん、おばあちゃん」が同居している家庭もありましたが、ニュータウンの多くは古い地縁社会から離れて都会に出て結婚し、子供が増えて手狭になってきたところで郊外にマイホームを手に入れた団塊世代で構成されていました。だから、僕が育ったニュータウンでは近所に赤ちゃんが生まれたという話を聞いた記憶がありません。
ニュータウンはあまりに典型的すぎるかもしれませんが、高度経済成長以降の日本は大なり小なり核家族化し、また地縁社会も解体されてしまいました。勿論、嫁姑問題などに煩わされないで済むとか、色々といいことだってあったのでしょう。しかし、育児は完全に個々の家庭の中に隠蔽されてしまい、結果として高度経済成長以前の日本人なら当たり前に持っていたであろう最低限の育児リテラシー(首の座ってない子供の抱っこのしかたとか、おむつを替えるとか)さえも身に付けないまま大人になってしまう人を量産してしまったのではないでしょうか?と、自分を含めた団塊Jr.世代が子育てに苦労しているのを見てて思うのです。
僕に子供が生まれたときに、僕の友達で最初に子供を見に来てくれたのはメキシコ人でした。彼は独身で子供はいないし、普段の彼の立ち振る舞いからするとあんまり子供が好きそうには見えないし、ましてや生まれたての首のすわってない赤ちゃんの扱い方なんて全然わからないだろうと思っていたのですが。いざ我が家に来るなり、手慣れた手つきで子供を抱っこし始めたのです。正直なところびっくりしました。その段階での育児技能に関しては僕よりもたぶん上だったと思います。
なんでそんなに手慣れているのかと聞いてみたら、「だって俺は17人兄弟の末っ子なんだぜ?だから昔から甥っ子や姪っ子の面倒はさんざん見てきたから、これくらいのことは当たり前にできるよ。」と答えました。17人兄弟という、ビッグダディみたいな家庭が彼の世代のメキシコで当たり前なのかは判別しかねるので、彼をメキシコ人独身男性の標準モデルとするには早計なのでしょうが。核家族化する前の日本では、周りに子供が身近にいて、子供の面倒を当たり前のように見て育っていたので、男性でもこの程度の育児リテラシーはあったのではないかと思うのです。
繰り返しになりますが、高度経済成長期以前の日本ではRPGでいうとレベル7程度の最低限の育児リテラシーが独身男性でもあったのではないかと思うのです。しかし、団塊世代が作り上げた核家族の中で育った団塊Jr.世代の大半は親族の子供の面倒を見ることも無ければ、近所の子供の面倒を見る経験も全く無いまま大人になってしまいました。だから、いざ自分に子供ができてみたら本当に全部レベル1から始めることになってしまったのではないかと思うのです。この状況をやや自嘲的に言うと、タイトルにあるように僕も含めた団塊Jr.世代の育児は「核家族の元子役の育児」なのではないかと思います。みんなレベル1から始めることになる上に、「ちょっと見てて」ができる地縁社会なんてとうの昔に無くなっているので、そりゃ大変なわけですよ。
「じゃぁどうすればいいの?」と言われると、そう簡単にクリアカットな答えなんて返せないのですが。少なくとも「マザコン国家」である日本では、欧米とは子供や育児に対する文化的背景が全く違うということを勘定に入れて議論するべきだと思いますよ。よく、「フランスでは育児休暇が3年で…」とか言う人いますけど、ああやって個別の課題について外国との差異を論じるだけでは「木を見て森を見ていない」のではないかと思います。日本では子供の夜泣きや甘えに親が根気よく付き合う分だけ育児のコストが欧米より遥かに高いと思います。別の言い方をすると、欧米人の育児には「一人で生きていけるようにしてあげる」というコンセプトが徹底していますが、日本人はそのように教育されません。
少子化の話を突き詰めると最後は社会のあらゆる問題を論じることになってしまうのでキリが無いのですが。育休や保育園などの表面的な対策をいくらやったところで、「経済=金のために人が生きている」という国ではなく「人が幸せに生きるために社会や国家がある」という国にならない限り、少子化傾向そのものはこの先も避けようがないのではないでしょうか?
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