2026年5月30日土曜日

とうとうAIのせいにする時代が来てしまった

約2か月振りにこのblogに投稿します。色々書いてみようと思う事は時々あるのですが、なかなかそれを書くところまでたどり着かないのです。最近、ありとあらゆることに意欲が湧かなくなってきていて、これはいわゆる男性の更年期なのではないかと思い始めました。そういえば父親も前立腺がんにかかっているので、僕もそろそろ気を付けた方がいいかな…と思って泌尿器科デビューしたのですが、お医者様には「前立腺はすごく小さくて、問題ない。尿検査も問題ない。きれいなおしっこだね。」と言われました。「きれいなおしっこ」という想定外のワードには驚きましたが、50歳近くなって健康に関連するトピックで褒められると、こんなことでもなんだかうれしいものです。

さて。本日の話はアラフィフのほぼ同世代の阿部慎之助の逮捕→監督辞任についてなのですが。この件については事件の経緯についての報道や娘の説明などを聞いてみても、実際起きたことやその経緯については「よくわからない」というのが正直な感想です。そこについては今更どうこう言っても仕方ないとして、「Chat GPTに聞いた結果、児童相談書へ連絡するように言われた」という娘の言い分がなんとも現代的だと思いました。これ、端的に言うと「責任の一端をAIに押し付けている」ように見えますよね。そして、それを伝える日本のメディアもこのスタンスに対して大きく異を唱えている様子はなさそうに見えます。

更に細かいこと言うと、この話は日本における大人と子供の境界線という厄介な問題を露見させた点において、宮田笙子の件と好対照な関係であるとも思います。18歳が「AIに相談した結果、自分が児童相談所の管轄対象であるかもよく考えないまま児童相談所に連絡してしまった結果、警察に親が逮捕されることになった」という話の納得感はさておき、18歳=未成年だから「AIに責任を押し付ける」ということがそれなりに正当化されて扱われているところが大なり小なりあるように思えるのです。ここで阿部慎之助の娘と宮田笙子を分けているのは、単なる年齢の違いなのか、それとも公人として世に出ているかどうかの違いなのか…どちらなのでしょうかね?

もしかしたら阿部慎之助の娘の説明自体もAIに考えてもらったものだったりするかもしれないですね。だとしたら、それは「AIが合理的な判断として自分のせいにすることを選んだ」ということになるでしょう。つまり、AIが自分で自分のしっぽを食べるようなことをし始めた…ということになります。これは、AIと人類の関係が新たなな局面に入ったと言えるかもしれないですね。AIの側は自分を悪者にして解決しようとしているし、メディアの側もそれに異を唱えずに扱っている…という共犯関係のようなものが大なり小なりこの件では成立しているように思えるのです。

 最後に阿部慎之助について申し上げておきますが。僕は基本的にアンチ巨人なのですが、今回の件で巨人を応援したくなりました。というのも、阿部慎之助のパワハラ気質は今に始まったことではなく、2軍監督時代は選手に罰走を申し付けるなど、その兆候は昔から見えていたと思います。せっかく阿部慎之助をクビにできたんだから、巨人にはここから「パワハラ監督がいなくなったら大躍進を遂げて優勝した」というストーリーを期待しています。それこそ長嶋茂雄が言うところの「メークドラマ」ではないでしょうかね?とりあえず、阿部とキャラが対極過ぎて追放された桑田を呼び戻して1軍の監督に据えてほしいです。もしそれで優勝したら、日本のプロ野球もいい方向に変わっていくんじゃないかと僕は思います。

2026年3月30日月曜日

情報過多に疲れるから都合のいい情報だけを見るようになったんじゃないだろうか?

 これを書いているのは2026年の3月30日です。4月からの会社は新体制になりますが、僕は給料据え置きのままやることだけは増やされることが確定しました。せめて有給休暇の残りくらいは消費したいので、会社を休んでずっとほったらかしになっていたアレやコレにトライすることになり、ずっと懸案事項の一つだった携帯電話のキャリア変更+機種変更について調べてみたのですが…とにかく情報を集約して比較するのが難しいのです。個々のキャリア毎にどんなキャンペーンを張っていて、MNP転出だと割引がいくらになって、2年で機種変更を繰り返せば実質毎月**円で…といった情報が各キャリアそれぞれに乱立していて見るのも大変なわけです。

こうなる理由の一つとして、日本の携帯電話のシステムが複雑すぎるという事情もあると思います。しかし、「日本」や「携帯」といった個別の問題より一段高い視点で考えると、ネット上には人間のキャパシティをはるかに超えた情報が乱立している…というインターネットが抱える「原罪」に帰結する問題なのではないでしょうか?最近は溢れかえる情報をAIが集約して見せてくれるようになったりはしていますが、AIも結局はネット上にある情報に依拠していて、それらは元々人間が書いた情報なので間違っている場合もあるし、書いた当時は正しかったとしても情報が古くて今は違ってたりするのですよね。だから、結局最後は人間が情報の妥当性を判断する必要があります。

人類はインターネットに溢れる過大な情報に疲れた末に、「見たいものだけ見るようになった」のではないでしょうか?例えば2000年前後に存在した「2ちゃんねる」だって、当時は便所の落書きと言われたりもしましたが、今にして思えばまだ異なる意見を戦わせて議論ができる空間だったと思います。しかし、その後SNSが台頭してきたあたりから、それぞれが快適に過ごせる人と都合の良い距離感で関わるようになりました。このあたりから我々の世界は「それぞれに都合のいい世界」にどんどん分断されてしまったように思えてならないのです。1999年の映画「MATRIX」には厳しい現実世界よりも快適な仮想世界の方をリアルだと思いたがる人達が登場しますが、この映画が描いたディストピアに世界はどんどん漸近しているように感じることがあります。

世界の分断が進んだ結果として、ここ数年はトランプや高市のような政治家が台頭してきて、世界の「底が抜けた」ような状況がどんどん進んでいます。彼らは、ひと昔前だったら「さすがにここまではしないだろう」と思っていた一線をどんどん踏み越えていきます。なぜなら、その一線を越えることだけが彼らの存在意義であり、そしてそれは彼らを支持する人たちの仄暗い願望なのだろうと思います。アメリカでは、さすがにトランプを野放しにすることに対して抗議の声も上がり始めているようですが、これが行き着く先として、アメリカがトランプ支持層と批判層に分断される可能性も十分あり得ると思います。もしそうなったら、インターネットがもたらした分断はとうとう実世界の国のあり方にまで波及することになるのでしょうね。

2026年2月8日日曜日

地球星人と選挙

 これを書いている現在、日本は高市政権が仕掛けた超短期決戦の解散総選挙と寒波に振り回されています。投票日の今日も北国では大寒波で選挙どころではなさそうですが、こんな状況にもかかわらず自民圧勝という予想が投票前から立っています。この国の政治についてここまで気鬱になるのは久しぶりです。このblogを始めた頃は第二次安倍政権が始まった頃だったのですが、今思えば安倍晋三でさえ高市よりマシだったのではないかと思えてきたりします。

今回の選挙を見ていると、日本人の大半は選挙を政策の是非よりも「イメージ」や「共感」に基づく人気投票としか考えていないように思えてきます。というより自民党の戦略によってまんまとそっちに誘導されている人が沢山いるのでしょうね。自民党は「ちゃんと考えさえない」「ちゃんと説明しない」「なんとなく頑張ってる、前向きそうなイメージだけ伝える」ということに終始しているように見えます。裏金議員、コメの高騰、日本経済の失速に伴う物価高、中国問題…これだけ多くの問題を引き起こしてきた責任や今後の国政運営のプランについての議論はウヤムヤにして、選挙を「人気投票の勝ち負けを競うゲーム」にすり替えることを意図的にやっていますよね。

特に「この選挙で信任を得たらもっと大きな決断をします」というアニメの次回予告みたいな発言なんてその最たるものだと思います。まともに選挙をするつもりなら、どのような大きな決断をしたいのか先に説明した上で信を問うべきなのですが、そんなことこの人は考えていないのです。しかし、こういう人に投票してしまう人が日本に沢山いるというのも事実なのでしょう。日本人はあまり政治について会話する習慣がないので、誰が投票してるのかよくわからないのですが、僕の周りにもそれが当たり前だと思って自民党に投票する人達が沢山いるのでしょうね。

最近読んだ村田紗耶香の「地球星人」という本では、自分達は宇宙人だとひそかに思い続けている人達が描かれているのですが、今の日本社会における自分の立ち位置を考えると他人事とは思えない気分になりました。自分達は宇宙人だと思っている主人公達は、地球人の作る社会が押し付けてくる規範に苦しみながらも、その中で生きる道を色々と模索していくのですが。。このまま日本が壊れていくなら、いよいよ定年後に海外移住することも考えてもよいのではないかと考え始めました。

2026年1月14日水曜日

新幹線の女性専用トレイと大相撲

2026年が始まって二週間経ちました。年明けから子供の習い事の発表会やら出張やらで、新幹線で首都圏日帰りが3回あってバタバタしていましたが、ようやく落ち着いてひと段落してきました。新幹線もこれだけの頻度で連続して乗るとちょっと飽きちゃうんですよね。しかも、1年くらい前から「女性専用トイレ」という謎のシステムが採用されて、新幹線のトイレはどこもかしこも必ず「女性専用トイレ」と「男女兼用」と「男性用小」がそれぞれ1つずつ備わっているレイアウトが基本になりました。

この女性専用トイレは、僕に言わせれば時代錯誤の男性差別としか思えないです。これまで何回か、女性専用トイレは空いてるのに男女兼用のトイレが塞がっているために待たないといけない状況に遭遇しました。しかも、女性専用トイレが空いている状態で待ちに待った挙句に男女兼用トイレから女性が出てきたこともありまして…これにはさすがに腹立ちました。でも、女性専用トイレは女性の多くには評価されているようです。ネットで調べた限りではその理由は「男性と兼用だとトイレが汚れがち」「男性が使ったトイレを使うのに抵抗がある」などなど 、まぁわからんでもない話ではあります。

でも、全部の男性がトイレを汚すわけでもないし、男性だってトイレはきれいな方がうれしいわけです。男性が使うと汚れがちだからという理由だけでその不利益をすべての男性が引き受けろというのは、「連帯責任」の概念を性別に適用した幼稚なセクシズムと言われても仕方ないのではないかと思います。例えば逆の立場の話をしますが、我が国の現在の首相の高市早苗の台湾問題等に関する失言や物価高、円安の進行について、世の女性達は「女性」という属性が共通しているというだけの理由で連帯責任を感じてくれるかというと…そんなことないでしょ?

高市早苗を間に挟んで少し違う話をしてみますが、高市は大相撲の千秋楽で土俵に上がることについては議論もせずに自分から「見送り」を決めたそうです。この人の支持層は何かと明治以降に作られた「フェイクの伝統」を信じ込む人達なので、まぁそうしますよね。。でも、かつての大阪府知事だった太田房江はこの問題に切り込んで「なんで女が土俵に上がっちゃいけないんだよ!」と正面切って問い詰めていました。高市早苗は、「男社会の既得権益に対して異を唱えない」という、まぁ言ってみれば「都合のいい女」なんだと思います。

女性専用トイレにしても、土俵の女人禁制問題にしても、ジェンダーギャップをめぐる問題について日本は進んでいるどころか後退していると思わざるを得ないです。これをもう少し広げて言うと、DE&IとかLGBTQが「タテマエ」として表面上はもてやされている一方で、「ホンネ」としては性別、国籍、人種などの属性による差別や分断が昔よりひどくなっていってるように思えてならないのです。