気が付けば2ヶ月以上このblogを放置しておりました。時々思いつくことはあって、ネタ帳にちらほらメモはしているのですが、だいたいそこまでで止まってしまうのです。なぜこうなるかって、まぁ、一言で言うと育児が忙しいのです。このblogは主に土日の夜に書いてることが多いのですが、子供がどんどん外出したがるようになって一回の外出あたりの時間も長くなってきたりすると、夜にわざわざblogを書く気になかなかならないのですね。。
というわけで今回は育児の話なのですが。度々このblogでも言及しているように、日本って育児が大変な国だと思うのですよ。文化的にマザコン国家であるために育児に親がかけるコスト(労力)が高すぎるとか、行政がちっとも育児を本気で支援しようとしないとか、まぁそりゃ色々と理由はあるのですが、今回は「育児に苦労している日本の子育て世代(≒団塊Jr.世代)は、高度経済成長の時代に核家族化を進めたツケを払っているのではないか?」ということについて考えてみます。
僕が育ったのは都会の郊外にある典型的なニュータウンでした。4歳のときにそこに両親がマイホームを買い、高校卒業までの14年くらいニュータウンで育ちました。近所にいくつかは「おじいちゃん、おばあちゃん」が同居している家庭もありましたが、ニュータウンの多くは古い地縁社会から離れて都会に出て結婚し、子供が増えて手狭になってきたところで郊外にマイホームを手に入れた団塊世代で構成されていました。だから、僕が育ったニュータウンでは近所に赤ちゃんが生まれたという話を聞いた記憶がありません。
ニュータウンはあまりに典型的すぎるかもしれませんが、高度経済成長以降の日本は大なり小なり核家族化し、また地縁社会も解体されてしまいました。勿論、嫁姑問題などに煩わされないで済むとか、色々といいことだってあったのでしょう。しかし、育児は完全に個々の家庭の中に隠蔽されてしまい、結果として高度経済成長以前の日本人なら当たり前に持っていたであろう最低限の育児リテラシー(首の座ってない子供の抱っこのしかたとか、おむつを替えるとか)さえも身に付けないまま大人になってしまう人を量産してしまったのではないでしょうか?と、自分を含めた団塊Jr.世代が子育てに苦労しているのを見てて思うのです。
僕に子供が生まれたときに、僕の友達で最初に子供を見に来てくれたのはメキシコ人でした。彼は独身で子供はいないし、普段の彼の立ち振る舞いからするとあんまり子供が好きそうには見えないし、ましてや生まれたての首のすわってない赤ちゃんの扱い方なんて全然わからないだろうと思っていたのですが。いざ我が家に来るなり、手慣れた手つきで子供を抱っこし始めたのです。正直なところびっくりしました。その段階での育児技能に関しては僕よりもたぶん上だったと思います。
なんでそんなに手慣れているのかと聞いてみたら、「だって俺は17人兄弟の末っ子なんだぜ?だから昔から甥っ子や姪っ子の面倒はさんざん見てきたから、これくらいのことは当たり前にできるよ。」と答えました。17人兄弟という、ビッグダディみたいな家庭が彼の世代のメキシコで当たり前なのかは判別しかねるので、彼をメキシコ人独身男性の標準モデルとするには早計なのでしょうが。核家族化する前の日本では、周りに子供が身近にいて、子供の面倒を当たり前のように見て育っていたので、男性でもこの程度の育児リテラシーはあったのではないかと思うのです。
繰り返しになりますが、高度経済成長期以前の日本ではRPGでいうとレベル7程度の最低限の育児リテラシーが独身男性でもあったのではないかと思うのです。しかし、団塊世代が作り上げた核家族の中で育った団塊Jr.世代の大半は親族の子供の面倒を見ることも無ければ、近所の子供の面倒を見る経験も全く無いまま大人になってしまいました。だから、いざ自分に子供ができてみたら本当に全部レベル1から始めることになってしまったのではないかと思うのです。この状況をやや自嘲的に言うと、タイトルにあるように僕も含めた団塊Jr.世代の育児は「核家族の元子役の育児」なのではないかと思います。みんなレベル1から始めることになる上に、「ちょっと見てて」ができる地縁社会なんてとうの昔に無くなっているので、そりゃ大変なわけですよ。
「じゃぁどうすればいいの?」と言われると、そう簡単にクリアカットな答えなんて返せないのですが。少なくとも「マザコン国家」である日本では、欧米とは子供や育児に対する文化的背景が全く違うということを勘定に入れて議論するべきだと思いますよ。よく、「フランスでは育児休暇が3年で…」とか言う人いますけど、ああやって個別の課題について外国との差異を論じるだけでは「木を見て森を見ていない」のではないかと思います。日本では子供の夜泣きや甘えに親が根気よく付き合う分だけ育児のコストが欧米より遥かに高いと思います。別の言い方をすると、欧米人の育児には「一人で生きていけるようにしてあげる」というコンセプトが徹底していますが、日本人はそのように教育されません。
少子化の話を突き詰めると最後は社会のあらゆる問題を論じることになってしまうのでキリが無いのですが。育休や保育園などの表面的な対策をいくらやったところで、「経済=金のために人が生きている」という国ではなく「人が幸せに生きるために社会や国家がある」という国にならない限り、少子化傾向そのものはこの先も避けようがないのではないでしょうか?
2016年11月6日日曜日
2016年8月18日木曜日
サッカーとバレーボール
やっとこさ岸田秀の話を書いたので、オリンピック開幕以降ずっと気になっていたサッカーとバレーボールについての話を書こうと思います。本稿を書いている現在、リオデジャネイロオリンピックは過去に例を見ないくらい日本がメダルを獲得しています。こうなってくると、日本のテレビの中継も必然的にメダルが取れそうな競技(水泳、柔道、卓球、体操、レスリングなど)にどうしても注力されがちな気配があります。
この是非はさておき、そんな中でも男子サッカーと女子バレーボールだけは何か浮いて見えるのです。というのも、お世辞にもメダルが期待できるわけでもなさそうなのに、その割にはメディア(にある程度ドライブされている国民)の注目度が高い気がするのです。オリンピック以外(ワールドカップなど)でもこれらの競技に対して日本人は定常的に何かしらの病のようなものを帯びた情熱を傾けている気がするのですが、それについて思いついたことを書き連ねてみようと思います。
■男子サッカー
まず歴史的背景から考えてみますと。日本のサッカーは実質的に93年のJリーグから始まりました。この時期の日本はバブルが弾けた直後で、「バブルが弾けた」とみんな口をそろえて言っていたものの、庶民の生活にはまだその影響が明確には実感されていないような時代でした。また一方で、Jリーグ誕生までは国民的スポーツのポジションはアメリカからやってきた野球がほぼ独占状態している状態が長く続いていました。
こういった時代背景を鑑みた上で、前回の岸田秀の「日本はペリーによって強姦されて以来、内的自己と外的自己とに精神分裂したままである」という視点で考えると。Jリーグというのは「アメリカ以外の外国と関わるためのチャンネルを持つ」、別の言い方をすると「 アメリカ以外の外国を持つ」ことで、ペリーショック~敗戦に至るまでのアメリカに対するコンプレックスを解消する試みだったのではないのでしょうか。
Jリーグは、少なくともその初期の頃には、「地域密着型のクラブ組織の対抗による国内リーグ」という箱庭でのコンペティションと同時に、「日本代表が世界と戦う」という構図を両立させてきました。これはたとえて言うなら、普段のTV放送ではケンカばかりでお世辞にも仲良いとはいえないのに、大長編ドラえもんになると途端にチームワークがよくなるような、あの感じを両輪で回しているようなイメージでした。
ところが、偶然か必然かはさておき、発足のタイミングがちょうど日本の経済が傾きはじめた時期と重なったためにそれまで経済成長に注がれていた「内向きナショナリズム = 内的自己」の発露の対象としてJリーグはすっかり磐石のポジションを獲得してしまいました。結果として、国内リーグの試合よりも「日本代表vs外国のチーム」の方が「国民的関心」を集めてしまったのではないでしょうか。たぶん、ナカタ以降の「海外で活躍する日本人プレイヤー」への熱狂もこの文脈の延長上にあるんじゃないかとおもいます。
野球もWBCのような国際大会をやっている昨今では当たり前のように思えるかもしれませんが、Jリーグ以前は「日本代表vs外国のチーム」という絵はオリンピックを除いてほとんど無いに等しかったのです。だから、サッカー日本代表は当時はそれなりに新鮮だったんだと思います。Jリーグ以前にもメジャーリーグ代表vs日本のプロ野球代表みたいな試合はあるにはあったのですが、その雰囲気はシーズンオフに行われる親善試合とかエキシビジョンマッチのようなもので、今のWBCとは大きく異なるものでした。
最近ではオリンピックやWBCなどサッカー以外の競技でもサッカー日本代表のあのユニフォームを着た人が客席にちらほら見受けられます。「サムライブルー」という名称が示すとおり、最早あのユニフォームは単なる男子サッカー日本代表のユニフォームではなく、「日本人の内的自己のシンボル」としてすっかり定着したのではないでしょうか。男子サッカーの日本代表が勝ったり負けたりすると渋谷で暴れる人達がいますが、あれは男子サッカーだけが日本人の内的自己と結びついていることを示していると思います。だってほら、オリンピックで体操や柔道の選手が金メダル取っても、同じサッカーのなでしこJAPANが勝っても、誰も渋谷では暴れたりはしないですよね?
なでしこJAPANに言及したついでに少し脱線すると、「ナントカJAPAN」というあまりセンスを感じないテンプレもたぶんJリーグ発足当時の「オフトJAPAN」が始まりだと思います。あそこでサッカーの日本代表に外国人の監督(オフト)が就任したところから、「ニッポン」ではなく世界に向けた「JAPAN」という自意識に日本人は目覚めたのだと思います。外的自己のフリをした内的自己のセルフ接待という意味で、「クールジャパン」や「おもてなし」に連なる系譜の出発点はここにあるように僕には思えてなりません。
今回のオリンピックのサッカー日本代表は、「冷静に考えて他国にチームと比べたらお世辞にも強いとは言えないのは分かってる。でも、そういう冷静な判断とは別に、何だか分からないけどみんな気になっている。」という点で、その昔の「決定力不足」とか言われてた頃の日本代表を思い出させて、少しホッとするような懐かしい気分になりました。ラモスとか井原とかがいた、あの頃の日本代表ってそんな感じだったように思います。
たとえば今やってるリオデジェネイロオリンピックではネイマール擁するブラジル相手にどう考えても勝ち目なんてまずあるわけもなく、実際にオリンピック前の親善試合でブラジル相手にボロ負けしたのですが。あの試合の前には「かつてアトランタオリンピックでブラジルに勝った、あのときの奇跡をもう一度」という前煽りのVTRをメディアが散々流していました。あれには「神国ニッポンに神風よもう一度」と言っていた戦前の日本に似た、病のようなものを感じずにはいられませんでした。
■女子バレー
ワールドカップだとかグラチャンだとか、とにかくほぼ毎年のようにバレーボールの国際大会が日本で開催されます。しかも、必ずと言っていいくらい試合前にジャニーズが唄ってて、(最近はやってるのか知らないけど)赤坂泰彦がヘンテコなMCで選手を紹介するなど、国際大会とは思えないくらい民放の好き放題ぶりが炸裂しています。こんなヒドい有様でもバレーボールの国際大会が毎年のように日本で開催される理由は「日本以外の国ではバレーボールはマイナー過ぎてお金が集まらない」からなんだそうです。いきなり脱線しますが、これはサッカーのクラブW杯が「安全な中立国 である日本 : 日本人は特定のチームに対する妨害などは行わない」でずっと開催されていたいたことと、おそらく間逆の関係にあります。
しかし、だからといって「バレーボールの日本代表のファンで、日本で開催される国際大会の度に必ず応援に行く」という人の話は、まぁそりゃいるにはいるんでしょうが、聞いたことありますか?少なくとも僕はないです。サッカーのワールドカップを応援するために会社休んで航空券勝ってブラジルまで応援に行った人の話は聞いたことあるのに不思議だと思いませんか?これは、「ラジオの電リクにわざわざ電話する人が本当にどれだけいるのか?」という問題と一緒で、バレーボールを熱心に応援している日本人というのは実はほとんど居ないのではないかと僕は思ってます。
これについての僕なりの仮説としては「日本人にとって東京オリンピックでの女子バレーボールの金メダルは特別な成功体験だったので、それをいつまでも捨てることができない」からなのではないかと思います。サッカーと違って、自分が生まれる前の話なので当時の日本人にとって東京オリンピックでの女子バレーボールの金メダルがどのようなインパクトを与えたのかは、ある程度事後的な想像になってしまうのですが。おそらく、「なでしこJAPANの金メダル」とか「女子ソフトボールの金メダル」などの昨今の事例よりも更に大きくて特別なインパクトを与えたのだろうと思います。
東京オリンピックのメダル受賞者のリストを見ると、女子で金メダルを受賞しているのはバレーボールだけです。そもそも、この当時は女子のレスリングや柔道などは存在しなかったので女子が出場する種目自体が現代のオリンピックに比べて少なかったようです。そして、この女子唯一の金メダルを獲得した「東洋の魔女」こと日本代表チームについてネットで検索すると判で押したように鬼の大松監督、猛練習という逸話ばかりが出てきます。僕も子供の頃にテレビのドキュメンタリーで2,3回くらいこの話を見たような気がします。「猛練習、努力、根性」という日本人好みの逸話は、その後のアタックNo.1などの女子バレーボール漫画にもそのまま受け継がれていますが、果たして当時の日本人を熱狂させた理由は単にこのスポ根美談だけなのでしょうか?
ここでさらに仮説なのですが、当時の日本人がそこまで熱狂した理由は、「東洋の魔女が旧日本軍を供養した」からなのではないかと思うのです。上記のリンクにあるように東京オリンピック女子バレーボールの大松監督は旧日本軍の兵士でした。しかも、旧日本軍の作戦行動の中でも狂気と言っていいほどの無謀な作戦によって多数の日本兵が餓死した、かの悪名名高い「インパール作戦」の生存者です。彼によって戦前の日本を彷彿とさせる精神論の下にシゴかれた「東洋の魔女」達は旧日本軍の怨念を背負っていた存在だったのではないでしょうか。そんな彼女達が外国チームに勝利してついには金メダルを獲得したことは旧日本軍に対する供養になったんだと思います。そして、それを見ていた高度経済成長期の日本国民も同様に「ガダルカナルの日本兵はもっと苦しかったはず」と自らに鞭打ってがむしゃらに働いていたわけですから、日本国民は彼女達の姿に自らを重ね合わせていたのではないでしょうか?
以上、あくまで自分が生まれる前の話なのでどこか自分でも確信が持てない仮説でしかないのですが。しかし、こう考えると女子バレーに対する日本人の「持続的な微熱感」が少し理解できるような気がするのです。日本人にとって女子バレーボールは旧日本軍の「供養碑」であり、旧日本軍の戦没者を供養するための能である高校野球と同様に無くてはならない存在なのではないでしょうか。
サッカーとバレーボール、どっちにも共通していえることは団体競技だということです。これはなにも日本だけに限った話ではなく、アメリカ人にとっての野球やカナダ人にとってのアイスホッケーなんかもそうです。国民的な思い入れを背負うスポーツは必ず個人競技ではなく団体競技であるということは、人類普遍なのでしょうかね。書き終えてから気付きましたが、体操や卓球の団体種目は厳密な意味での団体競技ではないとすると、東京オリンピックで団体競技でメダルを獲得したのがバレーボール(女子:金、男子:銅)だけだったということもバレーボールに対する日本人の「持続的な微熱感」の理由なのかもしれません。
この是非はさておき、そんな中でも男子サッカーと女子バレーボールだけは何か浮いて見えるのです。というのも、お世辞にもメダルが期待できるわけでもなさそうなのに、その割にはメディア(にある程度ドライブされている国民)の注目度が高い気がするのです。オリンピック以外(ワールドカップなど)でもこれらの競技に対して日本人は定常的に何かしらの病のようなものを帯びた情熱を傾けている気がするのですが、それについて思いついたことを書き連ねてみようと思います。
■男子サッカー
まず歴史的背景から考えてみますと。日本のサッカーは実質的に93年のJリーグから始まりました。この時期の日本はバブルが弾けた直後で、「バブルが弾けた」とみんな口をそろえて言っていたものの、庶民の生活にはまだその影響が明確には実感されていないような時代でした。また一方で、Jリーグ誕生までは国民的スポーツのポジションはアメリカからやってきた野球がほぼ独占状態している状態が長く続いていました。
こういった時代背景を鑑みた上で、前回の岸田秀の「日本はペリーによって強姦されて以来、内的自己と外的自己とに精神分裂したままである」という視点で考えると。Jリーグというのは「アメリカ以外の外国と関わるためのチャンネルを持つ」、別の言い方をすると「 アメリカ以外の外国を持つ」ことで、ペリーショック~敗戦に至るまでのアメリカに対するコンプレックスを解消する試みだったのではないのでしょうか。
Jリーグは、少なくともその初期の頃には、「地域密着型のクラブ組織の対抗による国内リーグ」という箱庭でのコンペティションと同時に、「日本代表が世界と戦う」という構図を両立させてきました。これはたとえて言うなら、普段のTV放送ではケンカばかりでお世辞にも仲良いとはいえないのに、大長編ドラえもんになると途端にチームワークがよくなるような、あの感じを両輪で回しているようなイメージでした。
ところが、偶然か必然かはさておき、発足のタイミングがちょうど日本の経済が傾きはじめた時期と重なったためにそれまで経済成長に注がれていた「内向きナショナリズム = 内的自己」の発露の対象としてJリーグはすっかり磐石のポジションを獲得してしまいました。結果として、国内リーグの試合よりも「日本代表vs外国のチーム」の方が「国民的関心」を集めてしまったのではないでしょうか。たぶん、ナカタ以降の「海外で活躍する日本人プレイヤー」への熱狂もこの文脈の延長上にあるんじゃないかとおもいます。
野球もWBCのような国際大会をやっている昨今では当たり前のように思えるかもしれませんが、Jリーグ以前は「日本代表vs外国のチーム」という絵はオリンピックを除いてほとんど無いに等しかったのです。だから、サッカー日本代表は当時はそれなりに新鮮だったんだと思います。Jリーグ以前にもメジャーリーグ代表vs日本のプロ野球代表みたいな試合はあるにはあったのですが、その雰囲気はシーズンオフに行われる親善試合とかエキシビジョンマッチのようなもので、今のWBCとは大きく異なるものでした。
最近ではオリンピックやWBCなどサッカー以外の競技でもサッカー日本代表のあのユニフォームを着た人が客席にちらほら見受けられます。「サムライブルー」という名称が示すとおり、最早あのユニフォームは単なる男子サッカー日本代表のユニフォームではなく、「日本人の内的自己のシンボル」としてすっかり定着したのではないでしょうか。男子サッカーの日本代表が勝ったり負けたりすると渋谷で暴れる人達がいますが、あれは男子サッカーだけが日本人の内的自己と結びついていることを示していると思います。だってほら、オリンピックで体操や柔道の選手が金メダル取っても、同じサッカーのなでしこJAPANが勝っても、誰も渋谷では暴れたりはしないですよね?
なでしこJAPANに言及したついでに少し脱線すると、「ナントカJAPAN」というあまりセンスを感じないテンプレもたぶんJリーグ発足当時の「オフトJAPAN」が始まりだと思います。あそこでサッカーの日本代表に外国人の監督(オフト)が就任したところから、「ニッポン」ではなく世界に向けた「JAPAN」という自意識に日本人は目覚めたのだと思います。外的自己のフリをした内的自己のセルフ接待という意味で、「クールジャパン」や「おもてなし」に連なる系譜の出発点はここにあるように僕には思えてなりません。
今回のオリンピックのサッカー日本代表は、「冷静に考えて他国にチームと比べたらお世辞にも強いとは言えないのは分かってる。でも、そういう冷静な判断とは別に、何だか分からないけどみんな気になっている。」という点で、その昔の「決定力不足」とか言われてた頃の日本代表を思い出させて、少しホッとするような懐かしい気分になりました。ラモスとか井原とかがいた、あの頃の日本代表ってそんな感じだったように思います。
たとえば今やってるリオデジェネイロオリンピックではネイマール擁するブラジル相手にどう考えても勝ち目なんてまずあるわけもなく、実際にオリンピック前の親善試合でブラジル相手にボロ負けしたのですが。あの試合の前には「かつてアトランタオリンピックでブラジルに勝った、あのときの奇跡をもう一度」という前煽りのVTRをメディアが散々流していました。あれには「神国ニッポンに神風よもう一度」と言っていた戦前の日本に似た、病のようなものを感じずにはいられませんでした。
■女子バレー
ワールドカップだとかグラチャンだとか、とにかくほぼ毎年のようにバレーボールの国際大会が日本で開催されます。しかも、必ずと言っていいくらい試合前にジャニーズが唄ってて、(最近はやってるのか知らないけど)赤坂泰彦がヘンテコなMCで選手を紹介するなど、国際大会とは思えないくらい民放の好き放題ぶりが炸裂しています。こんなヒドい有様でもバレーボールの国際大会が毎年のように日本で開催される理由は「日本以外の国ではバレーボールはマイナー過ぎてお金が集まらない」からなんだそうです。いきなり脱線しますが、これはサッカーのクラブW杯が「安全な中立国 である日本 : 日本人は特定のチームに対する妨害などは行わない」でずっと開催されていたいたことと、おそらく間逆の関係にあります。
しかし、だからといって「バレーボールの日本代表のファンで、日本で開催される国際大会の度に必ず応援に行く」という人の話は、まぁそりゃいるにはいるんでしょうが、聞いたことありますか?少なくとも僕はないです。サッカーのワールドカップを応援するために会社休んで航空券勝ってブラジルまで応援に行った人の話は聞いたことあるのに不思議だと思いませんか?これは、「ラジオの電リクにわざわざ電話する人が本当にどれだけいるのか?」という問題と一緒で、バレーボールを熱心に応援している日本人というのは実はほとんど居ないのではないかと僕は思ってます。
これについての僕なりの仮説としては「日本人にとって東京オリンピックでの女子バレーボールの金メダルは特別な成功体験だったので、それをいつまでも捨てることができない」からなのではないかと思います。サッカーと違って、自分が生まれる前の話なので当時の日本人にとって東京オリンピックでの女子バレーボールの金メダルがどのようなインパクトを与えたのかは、ある程度事後的な想像になってしまうのですが。おそらく、「なでしこJAPANの金メダル」とか「女子ソフトボールの金メダル」などの昨今の事例よりも更に大きくて特別なインパクトを与えたのだろうと思います。
東京オリンピックのメダル受賞者のリストを見ると、女子で金メダルを受賞しているのはバレーボールだけです。そもそも、この当時は女子のレスリングや柔道などは存在しなかったので女子が出場する種目自体が現代のオリンピックに比べて少なかったようです。そして、この女子唯一の金メダルを獲得した「東洋の魔女」こと日本代表チームについてネットで検索すると判で押したように鬼の大松監督、猛練習という逸話ばかりが出てきます。僕も子供の頃にテレビのドキュメンタリーで2,3回くらいこの話を見たような気がします。「猛練習、努力、根性」という日本人好みの逸話は、その後のアタックNo.1などの女子バレーボール漫画にもそのまま受け継がれていますが、果たして当時の日本人を熱狂させた理由は単にこのスポ根美談だけなのでしょうか?
ここでさらに仮説なのですが、当時の日本人がそこまで熱狂した理由は、「東洋の魔女が旧日本軍を供養した」からなのではないかと思うのです。上記のリンクにあるように東京オリンピック女子バレーボールの大松監督は旧日本軍の兵士でした。しかも、旧日本軍の作戦行動の中でも狂気と言っていいほどの無謀な作戦によって多数の日本兵が餓死した、かの悪名名高い「インパール作戦」の生存者です。彼によって戦前の日本を彷彿とさせる精神論の下にシゴかれた「東洋の魔女」達は旧日本軍の怨念を背負っていた存在だったのではないでしょうか。そんな彼女達が外国チームに勝利してついには金メダルを獲得したことは旧日本軍に対する供養になったんだと思います。そして、それを見ていた高度経済成長期の日本国民も同様に「ガダルカナルの日本兵はもっと苦しかったはず」と自らに鞭打ってがむしゃらに働いていたわけですから、日本国民は彼女達の姿に自らを重ね合わせていたのではないでしょうか?
以上、あくまで自分が生まれる前の話なのでどこか自分でも確信が持てない仮説でしかないのですが。しかし、こう考えると女子バレーに対する日本人の「持続的な微熱感」が少し理解できるような気がするのです。日本人にとって女子バレーボールは旧日本軍の「供養碑」であり、旧日本軍の戦没者を供養するための能である高校野球と同様に無くてはならない存在なのではないでしょうか。
サッカーとバレーボール、どっちにも共通していえることは団体競技だということです。これはなにも日本だけに限った話ではなく、アメリカ人にとっての野球やカナダ人にとってのアイスホッケーなんかもそうです。国民的な思い入れを背負うスポーツは必ず個人競技ではなく団体競技であるということは、人類普遍なのでしょうかね。書き終えてから気付きましたが、体操や卓球の団体種目は厳密な意味での団体競技ではないとすると、東京オリンピックで団体競技でメダルを獲得したのがバレーボール(女子:金、男子:銅)だけだったということもバレーボールに対する日本人の「持続的な微熱感」の理由なのかもしれません。
2016年8月17日水曜日
岸田秀の日本論:内的自己と外的自己
かなり更新が滞っておりましたが、気が付いたら夏休みになりました。今年の夏休みはテレビをつけたら昼は高校野球、夜はオリンピックをやっているので、もし子供にテレビのチャンネル権を独占されていなかったら、一日テレビの前で廃人になって過ごしていたことでしょう。
さて、ここのところなぜ更新が滞っていたかというと、自分にとって"それなりに人生変わる"ほどの影響を受ける作家と出会って、それについてこのblogに書こうと思って次々とその人の本を読んでたら、すっかりとっちらかって何をかいていいのだか分からなくなってしまったのです。とはいえ、夏休みで時間もできたことだしぼちぼちそれについて書いてみようと思って思い腰を上げた次第です。
というわけで今回は岸田秀という作家について思うところをとりあえず書いてみようかと思います。岸田秀はフロイドの精神分析のコンセプトを日本という国家そのものに対して適用する試みによって80年前後の所謂「ニューアカデミズム」がブームだった時代に脚光を浴びた人物です。岸田秀の思想、主張の概略は「分かりやすく説明する名人」である内田先生のblogをご参照ください。そこまで内田先生に乗っかるのかと思われるかもしれませんが、重要なエッセンスをコンパクトかつ的確にまとめている記事が内田先生のblogくらいしかネット上に見つからなかったのです。。
一応自分の言葉で岸田秀の一番有名な著作である「日本近代を精神分析する」の趣旨を言い直してみると、日本という国は「長年の鎖国によって数百年に渡って平和に自閉してきたところを、ペリーによって強姦されたことで精神分裂状態に陥った」のだそうです。このとき日本人は「外的自己 = 他者や社会との折り合いをつけるための表面上の振る舞いを担当する役」と「内的自己 = 外的自己とは反対の妄想的な自己愛、ナルシズム」に分裂しました。幕末における「開国派」と「攘夷派」の対立構造はそのままこの外的自己と内的自己の関係に符合しています。
この岸田秀の「内的自己と外的自己への精神分裂」という観点から見ると、三島由紀夫の自決、吉田松陰の無謀で過激な行動、真珠湾攻撃から始まる対米戦争はすべて「内的自己の暴走」という一言で説明されます。また、「日本近代を精神分析する」が著された70年代半ばの日本ではまだ顕在化していなかったのでしょうが「ヤンキー」も、内的自己の顕在化の一つであると言えるでしょう。
そして、「日本近代を精神分析する」には「抑圧された日本人の内的自己は、戦後においては経済成長に表現の道を見出した」とあります。つまり戦後の日本は、内的自己と外的自己に分裂したままでありながらも、内的自己が経済成長によって程度満足されたおかげで、精神分裂の症状がそれなりに緩和されてきた平和な時間が長く続いていたということです。しかし、「抑圧された物は必ずいつかは回帰する」と同著で預言されている通り、バブル崩壊以降経済が失速した日本では内的自己がナショナリズムの台頭という別の形(というよりもこちらが本来の形なのですが)で顕在化して今に至っています。
この他にも、岸田秀の「内的自己と外的自己への分裂」というモデルが現代の日本の有り様を適切に説明できる事例は枚挙に暇がありません。たとえば昨今の「おもてなし」「クールジャパン」やテレビの「日本スゴい番組」は「外国からの目を気にする = 外的自己」のフリをした内的自己へのセルフ接待だと言えるのではないでしょうか。
こういった事例は未だに日本人が「内的自己と外気自己」の分裂状態の中にあって、そこから抜け出せないどころかむしろ症状が悪化していることを示しているように思えてなりません。特に3.11の震災のときから、明らかに日本は致命的に何かが変わりました。何がどう変わったのかうまく説明できる的確な言葉がずっと見つからなかったのですが、岸田秀を援用して考えると、3.11の震災は日本人を「内的自己の暴走」へと駆り立てたのではないでしょうか?それが現在のように安倍政権が暴走しているにも関わらずここまで支持されていることにも繋がっているとすると、「内的自己と外気自己」モデルはペリー来航から現在までの日本の歴史を的確に総括出来てしまうと思います。
昨今のナショナリズムの台頭に「日本は戦前へと回帰している」と警鐘を鳴らす人に対して、右寄りの人は判で押したように一笑に付すような態度に出る人が多いように思うのですが。日本がペリーの来航以来ずっと精神分裂状態であると仮定した上でこれまでの歴史を俯瞰すると、問題の根幹は戦前と同じ「内的自己の暴走」だと言えます。これを踏まえた上で考えると、「日本の右傾向化が再び太平洋戦争と同じ規模の災厄をもたらす可能性がある」という危機感を持つのは極めて合理的だと僕は思いますよ。
岸田秀は他にも色々面白い事を言ってるのですが、書き始めると収集がつかなくなるので今日はとりあえずこのへんで。。
さて、ここのところなぜ更新が滞っていたかというと、自分にとって"それなりに人生変わる"ほどの影響を受ける作家と出会って、それについてこのblogに書こうと思って次々とその人の本を読んでたら、すっかりとっちらかって何をかいていいのだか分からなくなってしまったのです。とはいえ、夏休みで時間もできたことだしぼちぼちそれについて書いてみようと思って思い腰を上げた次第です。
というわけで今回は岸田秀という作家について思うところをとりあえず書いてみようかと思います。岸田秀はフロイドの精神分析のコンセプトを日本という国家そのものに対して適用する試みによって80年前後の所謂「ニューアカデミズム」がブームだった時代に脚光を浴びた人物です。岸田秀の思想、主張の概略は「分かりやすく説明する名人」である内田先生のblogをご参照ください。そこまで内田先生に乗っかるのかと思われるかもしれませんが、重要なエッセンスをコンパクトかつ的確にまとめている記事が内田先生のblogくらいしかネット上に見つからなかったのです。。
一応自分の言葉で岸田秀の一番有名な著作である「日本近代を精神分析する」の趣旨を言い直してみると、日本という国は「長年の鎖国によって数百年に渡って平和に自閉してきたところを、ペリーによって強姦されたことで精神分裂状態に陥った」のだそうです。このとき日本人は「外的自己 = 他者や社会との折り合いをつけるための表面上の振る舞いを担当する役」と「内的自己 = 外的自己とは反対の妄想的な自己愛、ナルシズム」に分裂しました。幕末における「開国派」と「攘夷派」の対立構造はそのままこの外的自己と内的自己の関係に符合しています。
この岸田秀の「内的自己と外的自己への精神分裂」という観点から見ると、三島由紀夫の自決、吉田松陰の無謀で過激な行動、真珠湾攻撃から始まる対米戦争はすべて「内的自己の暴走」という一言で説明されます。また、「日本近代を精神分析する」が著された70年代半ばの日本ではまだ顕在化していなかったのでしょうが「ヤンキー」も、内的自己の顕在化の一つであると言えるでしょう。
そして、「日本近代を精神分析する」には「抑圧された日本人の内的自己は、戦後においては経済成長に表現の道を見出した」とあります。つまり戦後の日本は、内的自己と外的自己に分裂したままでありながらも、内的自己が経済成長によって程度満足されたおかげで、精神分裂の症状がそれなりに緩和されてきた平和な時間が長く続いていたということです。しかし、「抑圧された物は必ずいつかは回帰する」と同著で預言されている通り、バブル崩壊以降経済が失速した日本では内的自己がナショナリズムの台頭という別の形(というよりもこちらが本来の形なのですが)で顕在化して今に至っています。
この他にも、岸田秀の「内的自己と外的自己への分裂」というモデルが現代の日本の有り様を適切に説明できる事例は枚挙に暇がありません。たとえば昨今の「おもてなし」「クールジャパン」やテレビの「日本スゴい番組」は「外国からの目を気にする = 外的自己」のフリをした内的自己へのセルフ接待だと言えるのではないでしょうか。
こういった事例は未だに日本人が「内的自己と外気自己」の分裂状態の中にあって、そこから抜け出せないどころかむしろ症状が悪化していることを示しているように思えてなりません。特に3.11の震災のときから、明らかに日本は致命的に何かが変わりました。何がどう変わったのかうまく説明できる的確な言葉がずっと見つからなかったのですが、岸田秀を援用して考えると、3.11の震災は日本人を「内的自己の暴走」へと駆り立てたのではないでしょうか?それが現在のように安倍政権が暴走しているにも関わらずここまで支持されていることにも繋がっているとすると、「内的自己と外気自己」モデルはペリー来航から現在までの日本の歴史を的確に総括出来てしまうと思います。
昨今のナショナリズムの台頭に「日本は戦前へと回帰している」と警鐘を鳴らす人に対して、右寄りの人は判で押したように一笑に付すような態度に出る人が多いように思うのですが。日本がペリーの来航以来ずっと精神分裂状態であると仮定した上でこれまでの歴史を俯瞰すると、問題の根幹は戦前と同じ「内的自己の暴走」だと言えます。これを踏まえた上で考えると、「日本の右傾向化が再び太平洋戦争と同じ規模の災厄をもたらす可能性がある」という危機感を持つのは極めて合理的だと僕は思いますよ。
岸田秀は他にも色々面白い事を言ってるのですが、書き始めると収集がつかなくなるので今日はとりあえずこのへんで。。
2016年6月26日日曜日
ナンシー関とヤワラさん
下記の投稿の後にヤワラさんはまさかの「やっぱり参院選には出馬しない」宣言をしました。。
ナンシー関が亡くなったのはちょうど今のような梅雨の時期でした。2002年、当時まだ学生だった僕はナンシー関の訃報にかなりの衝撃を受けたのを今でも憶えています。あれから干支一回り以上の時間が経って、気がついたら僕自身が彼女の享年と同じくらいの歳になってしまいました。それだけ時間が経っておじさんになってしまった今でも、ナンシー関は人生で影響を受けた作家のトップ5には入るんじゃないかと思います。
消しゴム版画家・コラムニストとしての彼女の業績については僕がくどくど申し上げるよりもネット上にいくらでも情報があるので検索していただければと思います。よく体型やコメントの鋭さなどからマツコ・デラックスにたとえられることもあるけど、まぁなんとなくの雰囲気として近いところはあるでしょうか。テレビの画面を通して見える日本の「トホホ、マヌケ、ヘンテコ」を誰よりも的確に拾い上げて言語化するセンスは、80年代~90年代の日本の社会風俗の資料として後世に語り継がれる価値があると思います。
ナンシー関が川島なお美や神田うの等と並んで欠かさずウオッチしてはネタに取り上げていた物件の一つに「ヤワラさん」こと、谷(田村)亮子がありました(たとえばこことかここ)。ナンシー関はヤワラさんの一見穏当な口ぶりの中に潜んでいる傲慢さを的確に指摘していた上で「10年後、ヤワラちゃんは選挙に出ていると思う。」という予言を残して亡くなりました。そして、その何年か後に実際にヤワラさんは小沢一郎に担がれて選挙に出て参議院議員となりました。
そんなヤワラさんが先日記者会見を開いて「次回の選挙は生活の党からではなく自民党から出馬する」と宣言しました。マスコミが舛添要一を全力で叩いている時期だった上にマスコミと蜜月の自民党への移籍ということもあって、世の中的には大して騒がれなかったんですが。これは日本の政治では今まで有り得なかった一線を越えてしまった事件なのではないかと思います。しかもそれをやっちまったのが「ヤワラさん」となると、ナンシー関に影響を受けた一人としてどうしても黙っちゃいられないのです。なんだろ、この力の入り方。
これまで政治の世界というのは「政策・理念・イデオロギー」をそれぞれの政党が掲げて、所属議員は政党が掲げている方針に順じた政治理念を持っている…というのが少なくともタテマエとしてありました。政党に投票する比例代表なんてこの前提がないと成立しないわけですよね。このタテマエに即して考えると、理念のかけ離れた「生活の党→自民党」という移籍は有り得ないわけです。
「移籍」という言葉をつかってみましたが、実際にヤワラさんの口ぶりからはFA宣言した野球選手が「複数のオファーの中から一番高く評価していただいた球団を選びました」と言ってるような印象を受けました。そして、おそらくご本人の意識もこれと大差ないのでしょう。つまり、ヤワラさんにとって自身の政治家としての存在意義は自分が「ヤワラちゃん」であることによってのみ担保されているので、政治理念の整合性とか政党なんていう物は最初から気にもかけていないわけです(この点において議員としてのヤワラさんはアントニオ猪木とほとんど変わらない)。かくして、ヤワラさんはナンシー関が生前指摘していた持ち前の「傲慢さ」によって、政治における「理念」を完全に無視して政党を移籍して見せました。ここまで開き直られると、「八紘一宇」とか言って吼えてた三原じゅん子の方がまだマシなんじゃないかとさえ思えてきます(あの人が振り回す「八紘一宇」という言葉からはヤンキーの特攻服の刺繍のようなテイストだけしか伝わってこなかったのですが)。
とはいえ。何でもかんでもヤワラさんの個人的資質だとするのはちょっとやりすぎな気がするので少しだけ弁護してみます。というのも、彼女を育てた日本の柔道の有り方と「多数派でいたい=勝ち組でいたい」という日本人のマジョリティの感覚は同じ方向を向いていて、だからこそヤワラさんの「移籍」は非難されないのではないかと思うのです。
「多数派でいたい日本人」と[「ヤワラさんを含めた柔道のオリンピック代表選手」の両者に共通しているのは全く「負けしろ」が無いということです。オリンピックに出場する日本の柔道の選手は「日本のお家芸、柔道」「勝って当たり前」というプレッシャーに晒されていて、負けることが最初から許されていません。この「負けしろ」の無さたるや、高校野球や旧日本軍とほとんど同じレベルだと思います。もう一方の「多数派でいたい日本人」についてはほとんど説明不要だと思いますが、彼ら「少数派、負け組」にならないように立ち振る舞うことを最優先する理由は自分に「負けしろ」が無いことが分かっているからなのではないでしょうか。
ナンシー関が亡くなったのはちょうど今のような梅雨の時期でした。2002年、当時まだ学生だった僕はナンシー関の訃報にかなりの衝撃を受けたのを今でも憶えています。あれから干支一回り以上の時間が経って、気がついたら僕自身が彼女の享年と同じくらいの歳になってしまいました。それだけ時間が経っておじさんになってしまった今でも、ナンシー関は人生で影響を受けた作家のトップ5には入るんじゃないかと思います。
消しゴム版画家・コラムニストとしての彼女の業績については僕がくどくど申し上げるよりもネット上にいくらでも情報があるので検索していただければと思います。よく体型やコメントの鋭さなどからマツコ・デラックスにたとえられることもあるけど、まぁなんとなくの雰囲気として近いところはあるでしょうか。テレビの画面を通して見える日本の「トホホ、マヌケ、ヘンテコ」を誰よりも的確に拾い上げて言語化するセンスは、80年代~90年代の日本の社会風俗の資料として後世に語り継がれる価値があると思います。
ナンシー関が川島なお美や神田うの等と並んで欠かさずウオッチしてはネタに取り上げていた物件の一つに「ヤワラさん」こと、谷(田村)亮子がありました(たとえばこことかここ)。ナンシー関はヤワラさんの一見穏当な口ぶりの中に潜んでいる傲慢さを的確に指摘していた上で「10年後、ヤワラちゃんは選挙に出ていると思う。」という予言を残して亡くなりました。そして、その何年か後に実際にヤワラさんは小沢一郎に担がれて選挙に出て参議院議員となりました。
そんなヤワラさんが先日記者会見を開いて「次回の選挙は生活の党からではなく自民党から出馬する」と宣言しました。マスコミが舛添要一を全力で叩いている時期だった上にマスコミと蜜月の自民党への移籍ということもあって、世の中的には大して騒がれなかったんですが。これは日本の政治では今まで有り得なかった一線を越えてしまった事件なのではないかと思います。しかもそれをやっちまったのが「ヤワラさん」となると、ナンシー関に影響を受けた一人としてどうしても黙っちゃいられないのです。なんだろ、この力の入り方。
これまで政治の世界というのは「政策・理念・イデオロギー」をそれぞれの政党が掲げて、所属議員は政党が掲げている方針に順じた政治理念を持っている…というのが少なくともタテマエとしてありました。政党に投票する比例代表なんてこの前提がないと成立しないわけですよね。このタテマエに即して考えると、理念のかけ離れた「生活の党→自民党」という移籍は有り得ないわけです。
「移籍」という言葉をつかってみましたが、実際にヤワラさんの口ぶりからはFA宣言した野球選手が「複数のオファーの中から一番高く評価していただいた球団を選びました」と言ってるような印象を受けました。そして、おそらくご本人の意識もこれと大差ないのでしょう。つまり、ヤワラさんにとって自身の政治家としての存在意義は自分が「ヤワラちゃん」であることによってのみ担保されているので、政治理念の整合性とか政党なんていう物は最初から気にもかけていないわけです(この点において議員としてのヤワラさんはアントニオ猪木とほとんど変わらない)。かくして、ヤワラさんはナンシー関が生前指摘していた持ち前の「傲慢さ」によって、政治における「理念」を完全に無視して政党を移籍して見せました。ここまで開き直られると、「八紘一宇」とか言って吼えてた三原じゅん子の方がまだマシなんじゃないかとさえ思えてきます(あの人が振り回す「八紘一宇」という言葉からはヤンキーの特攻服の刺繍のようなテイストだけしか伝わってこなかったのですが)。
とはいえ。何でもかんでもヤワラさんの個人的資質だとするのはちょっとやりすぎな気がするので少しだけ弁護してみます。というのも、彼女を育てた日本の柔道の有り方と「多数派でいたい=勝ち組でいたい」という日本人のマジョリティの感覚は同じ方向を向いていて、だからこそヤワラさんの「移籍」は非難されないのではないかと思うのです。
「多数派でいたい日本人」と[「ヤワラさんを含めた柔道のオリンピック代表選手」の両者に共通しているのは全く「負けしろ」が無いということです。オリンピックに出場する日本の柔道の選手は「日本のお家芸、柔道」「勝って当たり前」というプレッシャーに晒されていて、負けることが最初から許されていません。この「負けしろ」の無さたるや、高校野球や旧日本軍とほとんど同じレベルだと思います。もう一方の「多数派でいたい日本人」についてはほとんど説明不要だと思いますが、彼ら「少数派、負け組」にならないように立ち振る舞うことを最優先する理由は自分に「負けしろ」が無いことが分かっているからなのではないでしょうか。
2016年6月1日水曜日
アメリカという父
オバマ大統領の広島での演説を見た一週間後にこれを書いています。オバマの演説は原爆で犠牲になった人々が現代に生きるアメリカ人の彼と同じような人類的な営為を生きていたこと、そんな人達を何万人も一瞬で吹き飛ばした原爆があまりにも危険であることについて言及し、その上で原爆をなくすのは「今すぐにはできないけど努力を続けることが必要」という言葉で結ばれていました。こうやって要約だけ書いてみてもほぼ何も伝わらないですが、動画で見ると彼のスピーチは非常に洗練されていて見てる人に深い印象を残したことが分かるかと思います。
さて。オバマの後にわが国の首相も演説していたのですけど、彼が何をしゃべっていたのか記憶に残っている人がいるのでしょうか?僕は途中まで首相の演説をみていたのですが、オバマにくらべてあまりに中身が無さ過ぎて耐えられなくなって途中でチャンネルを変えました。改めてネットで首相の演説の全文を読み返してみたら、オバマとは対照的に文字だけで読むとテレビの中継よりはまだマシに見えます。というのも、文字だけ読んでる限りでは、日本の官僚が得意とする当たり障りの無い作文に現首相が好みそうな「とこしえの哀悼」「あまたのみ霊」などの「美しい国ニッポン」的な安いポエムを散らしただけに見えるからです。しかし、テレビの中継で現首相の演説を見ていたら「首相も作文担当の官僚も、この演説を誰に聞いてもらいたいとか、何を伝えたいとか、そいういう意識が最初から何も無い。何よりも、そのことが問題だという意識がそもそもない。」ということだけしか伝わってこないのです。それで耐えられずに途中でチャンネルを変えてしまったわけです。
結論として言いたいことを先に申し上げると、この広島での演説によって「アメリカという父」、ひらたくいうと日本はアメリカの従属国であるという事実を改めて思い知らされました。外交、国防などのあらゆる面で従属国としてアメリカの意思決定に従うのが戦後70年にわたって規定路線として引き継がれてきたことのすべてがあの演説に凝縮されていたと思います。
この「アメリカという父」は日本人が戦後永らくトラウマとして引きずっているために、その事について考えることに対して我々日本人は強い抑圧を自らに課しています。内田先生の指摘にもあるように、特に右寄りの人は「アメリカという父」に対して強い抑圧があり、彼らの中国や韓国に対する攻撃的な態度は抑圧に対する反動若しくは症状として顕在化しているように見えます。
例えば右寄りの日本人には特攻隊に代表される太平洋戦争の戦没者を美化したがる人が結構な数いるように見受けられますが、不思議なことにその戦没者を殺傷したアメリカを非難する人はほとんどいません。中国や韓国を非難する時には舌鋒鋭くなり、「靖国」や「英霊」と声高に連呼するのに、その靖国に祀られている英霊を殺したアメリカを全く非難しない。このことは「アメリカという父」の存在に対する日本国民の強い抑圧を示す一つの例だと思います。
オバマの広島訪問と演説について日本語でネットを検索した限りでは「オバマのスピーチには感動した」「アメリカに謝罪は必要ない」と、おしなべて好意的なリアクションが多かったみたいです。これらのリアクションに通低しているのは「アメリカという父との(捻じれているけど)絆を再確認できて承認欲求が満たされた」という安堵のようなものだと思います。
一方、広島、長崎、沖縄方面を中心に「オバマは謝罪すべきだった」「日本政府は謝罪を要求すべきだった」といった声も少数派とはいえあったようです。謝罪しない理由については、インディアンコンプレックスに端を発する「正義のアメリカ」とか、色々理由はあるのでしょうが。アメリカとしては「父として、子供に謝るという選択肢は有りえなかった」のではないでしょうか。
昨年、台湾で学生によって国会が占拠されるという事件が起きました。これは台湾の政治に対して中国の影響が強くなっていることを憂慮した学生達が行動を起こしたのですが。この件について内田先生が当時このようなコメントをしていました:「台湾のように政治に対する自己決定権があれば市民の政治に対する意識は成熟する。しかし、日本はアメリカの従属国なので政治についての自己決定権が無い。そのことが市民の政治的成熟を妨げている。」
広島でのオバマの演説をオリンピックだとしたら、安倍晋三の演説はインターハイくらいの差がありました。でもこれは単に安倍晋三の個人的資質の問題だけではなく、アメリカと日本における市民の政治的成熟度の差がそのまま反映されていたのではないでしょうか?もしも日本人が政治についてもう少しまともな自己決定権を持っていれば、さすがにもうちょっとマシな人が首相を務める国になると思いますよ。
結論として言いたいことを先に申し上げると、この広島での演説によって「アメリカという父」、ひらたくいうと日本はアメリカの従属国であるという事実を改めて思い知らされました。外交、国防などのあらゆる面で従属国としてアメリカの意思決定に従うのが戦後70年にわたって規定路線として引き継がれてきたことのすべてがあの演説に凝縮されていたと思います。
この「アメリカという父」は日本人が戦後永らくトラウマとして引きずっているために、その事について考えることに対して我々日本人は強い抑圧を自らに課しています。内田先生の指摘にもあるように、特に右寄りの人は「アメリカという父」に対して強い抑圧があり、彼らの中国や韓国に対する攻撃的な態度は抑圧に対する反動若しくは症状として顕在化しているように見えます。
例えば右寄りの日本人には特攻隊に代表される太平洋戦争の戦没者を美化したがる人が結構な数いるように見受けられますが、不思議なことにその戦没者を殺傷したアメリカを非難する人はほとんどいません。中国や韓国を非難する時には舌鋒鋭くなり、「靖国」や「英霊」と声高に連呼するのに、その靖国に祀られている英霊を殺したアメリカを全く非難しない。このことは「アメリカという父」の存在に対する日本国民の強い抑圧を示す一つの例だと思います。
オバマの広島訪問と演説について日本語でネットを検索した限りでは「オバマのスピーチには感動した」「アメリカに謝罪は必要ない」と、おしなべて好意的なリアクションが多かったみたいです。これらのリアクションに通低しているのは「アメリカという父との(捻じれているけど)絆を再確認できて承認欲求が満たされた」という安堵のようなものだと思います。
一方、広島、長崎、沖縄方面を中心に「オバマは謝罪すべきだった」「日本政府は謝罪を要求すべきだった」といった声も少数派とはいえあったようです。謝罪しない理由については、インディアンコンプレックスに端を発する「正義のアメリカ」とか、色々理由はあるのでしょうが。アメリカとしては「父として、子供に謝るという選択肢は有りえなかった」のではないでしょうか。
昨年、台湾で学生によって国会が占拠されるという事件が起きました。これは台湾の政治に対して中国の影響が強くなっていることを憂慮した学生達が行動を起こしたのですが。この件について内田先生が当時このようなコメントをしていました:「台湾のように政治に対する自己決定権があれば市民の政治に対する意識は成熟する。しかし、日本はアメリカの従属国なので政治についての自己決定権が無い。そのことが市民の政治的成熟を妨げている。」
広島でのオバマの演説をオリンピックだとしたら、安倍晋三の演説はインターハイくらいの差がありました。でもこれは単に安倍晋三の個人的資質の問題だけではなく、アメリカと日本における市民の政治的成熟度の差がそのまま反映されていたのではないでしょうか?もしも日本人が政治についてもう少しまともな自己決定権を持っていれば、さすがにもうちょっとマシな人が首相を務める国になると思いますよ。
2016年5月3日火曜日
日本のヒーローはマンダラ的な宇宙を描きながら増殖する
ここ最近、一歳の子供がアンパンマンにハマっています。子供用のグッズって何かしらアンパンマンの絵が入ってることが多いですよね?うちの子供の場合も、アンパンマンのキャラが描かれたお風呂用の柄杓をやたら気に入ってしまったのをキッカケに、あれよあれよという間に気がついたらアンパンマンが大好きになってしまいました。
かくして、子供と一緒にアンパンマンをテレビで見てみたら、青いドキンちゃんみたいなキャラが増えていることに気づきました。「コキンちゃん」という名前で、ネットで調べて見たらコキンちゃんは「ドキンちゃんの妹分」なんだそうです。でも「妹分」であって血縁上の妹ではないんだそうです。大昔に「バタコさんとジャムおじさんは血縁関係に無い」というのを知ったときにもちょっと意外に思ったのですが、それと同じルールがドキンちゃんとコキンちゃんにも適用されているようなのです。
あそこまでアンパンマン側もバイキンマン側もファミリー化しているにもかかわらず徹底的に血縁関係が排除されているのは、飛躍しすぎかもしれませんがポル・ポトを連想させます。ポル・ポト政権下のカンボジアでは「親子」を廃止するために5歳以上の子供は強制的に親から隔離されたそうです。あらゆる階級を廃絶してフラットな原始共産主義へと改革する一環だったそうですが、ポルポト政権の是非はさておき、このユートピア観はアンパンマンの世界観に何かしら通じるものを感じます。
アンパンマンに限らず仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズ、プリキュア(もっと言うとAKBやジャニーズ)まで、とにかく日本のヒーロー物はマンダラ的な宇宙を描きながらキャラが増殖していくのです。これらの元祖はどうやらウルトラマンのようなのですが、こちらもファミリーでありながらウルトラの父母の実子はタロウのみだったりします。エースは孤児だったとか、セブンはウルトラの母方の親戚だとか、こういった設定はプレモダンな地縁社会、若しくはヤクザにおける「家」の概念を想起させます。
アンパンマンにしてもウルトラマンにしても、共同体のモデルは違えどもヒーローがファミリーを形成しながら増殖していくという点は共通していて、ここにはおそらくマンダラ的な宇宙観を持った日本人の宗教感覚がそのまま反映されているように思えるのです。別の言い方をすると、一神教の世界観だとヒーローが次々増えていくことが起きないのです。例えばスパイダーマンやスーパーマン、バットマンなどのアメリカンヒーローを考えてみてください。日本のヒーロー物のように次々とキャラが増えていくようなことはないですよね?
日本のスーパー戦隊シリーズは一作品ごとにタイトルからキャラクターまですべてリセットされますが、スーパー戦隊シリーズを海外ローカライズした「パワーレンジャー」では作品間の切れ目が無くすべてが1つながりの世界だという設定になっています。タイトルも一貫して「パワーレンジャー」です。例えば式年遷宮のようにリセットが大好きな日本人にとっては作品ごとに全部リセットされるのは別におかしなことではないのでしょうが、この感覚が欧米人にはどうしても受け入れられないんだろうと思います。5人の戦隊ヒーローがいて、生身で戦った後に巨大ロボットに乗り込んで戦う…というプロットが共通である以上、それらは1つながりの物語であるべきだと。だからこそわざわざ設定を後付けしてまで「パワーレンジャー」という一神教的な世界観に馴染む形にアレンジしたんだと思います。
一方で、日本のテレビ黎明期には月光仮面のようにアメリカンヒーローをそのまま導入したような事例もあったようです。wikipediaによると月光仮面の当初のコンセプトは「和製スーパーマン」だったそうです。このテレビ黎明期の「和製アメリカンヒーロー」は単にネタに困ってアメリカのヒーローの真似をしたというだけではなく、「アメリカを肯定的に受け入れなければならない」という日本人の集合的無意識が反映されているように僕には見えます。
以上でだいたい書きたかったことがまとまってしまったのですが、最後に「変わり行くアメリカンヒーロー」について少々。ここまでの下りでは「アメリカンヒーロー」というのは
・助手や相棒程度はいるが、基本的にピンで行動する
・誤解されたり非難されたりすることもあるけど、みんなのために一人で戦う
・つまり孤独
という、「世界の警察」としてのアメリカ合衆国のメンタリティを代弁するようなキャラクターを前提にしてきましたが。最近のアメリカンヒーローはMarvelの「アベンジャーズ」のように「ヒーロー連合」のような形態をとりはじめました。これは今までには無かったことです。そしてMarvelの最新作「civil war」では、とうとうキャプテンアメリカ組とアイアンマン組に分かれてヒーローが対決するそうです。そして、時を同じくして「バットマン vs スーパーマン」という映画も日本で公開されています。
日本のヒーローは今後もマンダラ的な宇宙を描き続けると思いますが、アメリカのヒーロー事情はアメリカという国の衰えとそれに伴う内省を代弁するように徐々に様変わりし始めているように見えます。「ヒーロー連合」は絵が豪華になる反面、一回それに手を出してしまうと今後アイアンマンやバットマン単品の映画を作ってもどこか寂しい絵になりはしないかと思ったりもするのですけどね。
かくして、子供と一緒にアンパンマンをテレビで見てみたら、青いドキンちゃんみたいなキャラが増えていることに気づきました。「コキンちゃん」という名前で、ネットで調べて見たらコキンちゃんは「ドキンちゃんの妹分」なんだそうです。でも「妹分」であって血縁上の妹ではないんだそうです。大昔に「バタコさんとジャムおじさんは血縁関係に無い」というのを知ったときにもちょっと意外に思ったのですが、それと同じルールがドキンちゃんとコキンちゃんにも適用されているようなのです。
あそこまでアンパンマン側もバイキンマン側もファミリー化しているにもかかわらず徹底的に血縁関係が排除されているのは、飛躍しすぎかもしれませんがポル・ポトを連想させます。ポル・ポト政権下のカンボジアでは「親子」を廃止するために5歳以上の子供は強制的に親から隔離されたそうです。あらゆる階級を廃絶してフラットな原始共産主義へと改革する一環だったそうですが、ポルポト政権の是非はさておき、このユートピア観はアンパンマンの世界観に何かしら通じるものを感じます。
アンパンマンに限らず仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズ、プリキュア(もっと言うとAKBやジャニーズ)まで、とにかく日本のヒーロー物はマンダラ的な宇宙を描きながらキャラが増殖していくのです。これらの元祖はどうやらウルトラマンのようなのですが、こちらもファミリーでありながらウルトラの父母の実子はタロウのみだったりします。エースは孤児だったとか、セブンはウルトラの母方の親戚だとか、こういった設定はプレモダンな地縁社会、若しくはヤクザにおける「家」の概念を想起させます。
アンパンマンにしてもウルトラマンにしても、共同体のモデルは違えどもヒーローがファミリーを形成しながら増殖していくという点は共通していて、ここにはおそらくマンダラ的な宇宙観を持った日本人の宗教感覚がそのまま反映されているように思えるのです。別の言い方をすると、一神教の世界観だとヒーローが次々増えていくことが起きないのです。例えばスパイダーマンやスーパーマン、バットマンなどのアメリカンヒーローを考えてみてください。日本のヒーロー物のように次々とキャラが増えていくようなことはないですよね?
日本のスーパー戦隊シリーズは一作品ごとにタイトルからキャラクターまですべてリセットされますが、スーパー戦隊シリーズを海外ローカライズした「パワーレンジャー」では作品間の切れ目が無くすべてが1つながりの世界だという設定になっています。タイトルも一貫して「パワーレンジャー」です。例えば式年遷宮のようにリセットが大好きな日本人にとっては作品ごとに全部リセットされるのは別におかしなことではないのでしょうが、この感覚が欧米人にはどうしても受け入れられないんだろうと思います。5人の戦隊ヒーローがいて、生身で戦った後に巨大ロボットに乗り込んで戦う…というプロットが共通である以上、それらは1つながりの物語であるべきだと。だからこそわざわざ設定を後付けしてまで「パワーレンジャー」という一神教的な世界観に馴染む形にアレンジしたんだと思います。
一方で、日本のテレビ黎明期には月光仮面のようにアメリカンヒーローをそのまま導入したような事例もあったようです。wikipediaによると月光仮面の当初のコンセプトは「和製スーパーマン」だったそうです。このテレビ黎明期の「和製アメリカンヒーロー」は単にネタに困ってアメリカのヒーローの真似をしたというだけではなく、「アメリカを肯定的に受け入れなければならない」という日本人の集合的無意識が反映されているように僕には見えます。
以上でだいたい書きたかったことがまとまってしまったのですが、最後に「変わり行くアメリカンヒーロー」について少々。ここまでの下りでは「アメリカンヒーロー」というのは
・助手や相棒程度はいるが、基本的にピンで行動する
・誤解されたり非難されたりすることもあるけど、みんなのために一人で戦う
・つまり孤独
という、「世界の警察」としてのアメリカ合衆国のメンタリティを代弁するようなキャラクターを前提にしてきましたが。最近のアメリカンヒーローはMarvelの「アベンジャーズ」のように「ヒーロー連合」のような形態をとりはじめました。これは今までには無かったことです。そしてMarvelの最新作「civil war」では、とうとうキャプテンアメリカ組とアイアンマン組に分かれてヒーローが対決するそうです。そして、時を同じくして「バットマン vs スーパーマン」という映画も日本で公開されています。
日本のヒーローは今後もマンダラ的な宇宙を描き続けると思いますが、アメリカのヒーロー事情はアメリカという国の衰えとそれに伴う内省を代弁するように徐々に様変わりし始めているように見えます。「ヒーロー連合」は絵が豪華になる反面、一回それに手を出してしまうと今後アイアンマンやバットマン単品の映画を作ってもどこか寂しい絵になりはしないかと思ったりもするのですけどね。
2016年4月17日日曜日
ラテン系は本当にいい加減か? (その2)
このblogのごくごく初期にラテン系は本当にいい加減か?という文章を書きました。この文章の趣旨を一言で言うと、「お互いにいい加減でも社会が成り立つのはラテン系の人々が他人を許す能力が高いからで、日本人が過剰にキッチリしあいたがるのは他人を許す能力が低いからだ」ということでした。
しかしながら、昨今の日本を見ていると僕には日本人の方が「いい加減」に見えることの方が多いのです。たとえば福島で原発があれだけの事故を起こしたにも関わらず原発を再稼動させた上に、熊本で地震が起きても近隣の原発を止めようとはしませんでした。なぜこうなるかについては、前回の投稿で内田先生を引用したように原発=一神教の神との付き合い方が日本人には分からないので、日本人は「怖いものほどぞんざいに扱って安心したがる」からではないかと思います。こういう日本人の原発への接し方は僕から見ればとにかく「いい加減」に見えます。
また、自民党は選挙の際に「TPP反対」とか言うだけ言って、選挙が終わったらあっさりTPP推進に回りましたが、これに対して「いい加減なことを言うな」とか「もう自民党は信用ならない」と非難の声を上げてる人は少数派ですよね?
長い目で見たらいつか大きな地震が来るのは分かっていながら都会に高層ビルを林立させられるのも僕には正直なところ理解できないです。あれだけ高層ビルが立ち並んでいると、本当に大地震がきたら大変なことになりそうなのは誰でも理解できると思うのですが。たぶんあそこで働いている人達は地震が来てビルが倒壊するとか、そういう可能性について「真剣に考えない」というソリューションを集団的に採用しているんだと思います。そうでもなかったら、たぶん怖くてあんなところで働く気にはなれないだろう思います。
こういう日本人の「いい加減さ」の事例は枚挙にいとまがありません。どんな国のどんな文化にも悪いところはあるので、「だから日本はダメだ」とか短絡的に言うつもりは全く無いのですが。おそらく日本人の大半はこういう日本社会の有り様を「いい加減」だと言われたらある程度は納得するんでしょうが、かといってそれが致命的に問題だとは思っていないのではないでしょうか?
「文化」という言葉の定義の一つに「ある社会集団にとっては当たり前でも、それ以外には当たり前でないこと」というのがあります。この語義に鑑みると、良いか悪いかはさておきこの種の「いい加減さ」は日本の文化の一部なのでしょう。内田先生の言い方を借りると「民族的奇習」と言ってもよいかもしれません。
なぜ日本人が時間や納期などにキッチリしたがる半面、政治や社会のあり方といった「お上」のやることに対してここまで「いい加減」なのかをクリアカットに説明することはできないのですが、何度も申し上げているように「多数派でいたい人が多数派」であることや、「恥の文化=絶対的な善悪ではなく、他社との相対的な関係が判断基準」といったことは背景にあるのではないかと思います。
話をラテン系に戻します。
確かにラテン系は日本人に比べて開始時間にはルーズです。でも、彼らは終わる時間には厳格です。日本人とラテン系の違いは、「開始時間と終わる時間のどっちにプライオリティを置くか」の違いでしかなくて、この両者には優劣は無いと思います。優劣は無いといいつつも、個人的にはそれだったら、他人を許す能力が高く、おおらかでギスギスしない社会を作れるラテン系の方がよいと思います。
そして、これはラテン系だけでなく欧米ではどこでもそうだと思いますが、政治や社会について明確な意見を個々人が持つことは当たり前というか、市民として最低限の勤めだと思われています。彼らの感覚からいうと、職場でお昼ご飯たべながらでも普通に政治の話をしますし、意見が違えばそこで議論を戦わせたりするのも当たり前なのです。あんまり人のこと言えないんですが、日本人ってこういう局面で面と向かって政治の話をしたりするのが苦手な人って多いですよね?でも、そういう態度でいると欧米人からは「ちゃんと自分の意見を言えない=いい加減な人」と思われるんじゃないでしょうか。
以上より、ラテン系(とりあえず西欧のラテン国家の人を想定)と日本人では「いい加減」さが発揮される対象がそもそも異なるのはないでしょうか?例えば日本人だと「(開始)時間にルーズ」とか「ルールを守らない」といったことを「いい加減」だと考えますが、ラテン系からすると「論理的に考えようとしない」「安易に他人と同調したがる」「自分の意見をちゃんと表明しない」といった日本人の特徴が「いい加減」に見えるのではないかと思うのです。
さらに言うと、この問題を更に厄介にしているのは「いい加減」という日本語がそもそも「いい加減」だということなのです。日本語の「いい加減」という言葉はぱっと思いつく範囲で
もしも日本人が「ラテン系はいい加減だ」ということを外国人に説明して理解してもらおうとしても、相手の外国人が余程日本語が堪能な人でない限り日本語の「いい加減」の概念が伝わらないので、問題点の共有という一番最初のステップにさえ到達しない可能性があるのではないかと思います。
しかしながら、昨今の日本を見ていると僕には日本人の方が「いい加減」に見えることの方が多いのです。たとえば福島で原発があれだけの事故を起こしたにも関わらず原発を再稼動させた上に、熊本で地震が起きても近隣の原発を止めようとはしませんでした。なぜこうなるかについては、前回の投稿で内田先生を引用したように原発=一神教の神との付き合い方が日本人には分からないので、日本人は「怖いものほどぞんざいに扱って安心したがる」からではないかと思います。こういう日本人の原発への接し方は僕から見ればとにかく「いい加減」に見えます。
また、自民党は選挙の際に「TPP反対」とか言うだけ言って、選挙が終わったらあっさりTPP推進に回りましたが、これに対して「いい加減なことを言うな」とか「もう自民党は信用ならない」と非難の声を上げてる人は少数派ですよね?
長い目で見たらいつか大きな地震が来るのは分かっていながら都会に高層ビルを林立させられるのも僕には正直なところ理解できないです。あれだけ高層ビルが立ち並んでいると、本当に大地震がきたら大変なことになりそうなのは誰でも理解できると思うのですが。たぶんあそこで働いている人達は地震が来てビルが倒壊するとか、そういう可能性について「真剣に考えない」というソリューションを集団的に採用しているんだと思います。そうでもなかったら、たぶん怖くてあんなところで働く気にはなれないだろう思います。
こういう日本人の「いい加減さ」の事例は枚挙にいとまがありません。どんな国のどんな文化にも悪いところはあるので、「だから日本はダメだ」とか短絡的に言うつもりは全く無いのですが。おそらく日本人の大半はこういう日本社会の有り様を「いい加減」だと言われたらある程度は納得するんでしょうが、かといってそれが致命的に問題だとは思っていないのではないでしょうか?
「文化」という言葉の定義の一つに「ある社会集団にとっては当たり前でも、それ以外には当たり前でないこと」というのがあります。この語義に鑑みると、良いか悪いかはさておきこの種の「いい加減さ」は日本の文化の一部なのでしょう。内田先生の言い方を借りると「民族的奇習」と言ってもよいかもしれません。
なぜ日本人が時間や納期などにキッチリしたがる半面、政治や社会のあり方といった「お上」のやることに対してここまで「いい加減」なのかをクリアカットに説明することはできないのですが、何度も申し上げているように「多数派でいたい人が多数派」であることや、「恥の文化=絶対的な善悪ではなく、他社との相対的な関係が判断基準」といったことは背景にあるのではないかと思います。
話をラテン系に戻します。
確かにラテン系は日本人に比べて開始時間にはルーズです。でも、彼らは終わる時間には厳格です。日本人とラテン系の違いは、「開始時間と終わる時間のどっちにプライオリティを置くか」の違いでしかなくて、この両者には優劣は無いと思います。優劣は無いといいつつも、個人的にはそれだったら、他人を許す能力が高く、おおらかでギスギスしない社会を作れるラテン系の方がよいと思います。
そして、これはラテン系だけでなく欧米ではどこでもそうだと思いますが、政治や社会について明確な意見を個々人が持つことは当たり前というか、市民として最低限の勤めだと思われています。彼らの感覚からいうと、職場でお昼ご飯たべながらでも普通に政治の話をしますし、意見が違えばそこで議論を戦わせたりするのも当たり前なのです。あんまり人のこと言えないんですが、日本人ってこういう局面で面と向かって政治の話をしたりするのが苦手な人って多いですよね?でも、そういう態度でいると欧米人からは「ちゃんと自分の意見を言えない=いい加減な人」と思われるんじゃないでしょうか。
以上より、ラテン系(とりあえず西欧のラテン国家の人を想定)と日本人では「いい加減」さが発揮される対象がそもそも異なるのはないでしょうか?例えば日本人だと「(開始)時間にルーズ」とか「ルールを守らない」といったことを「いい加減」だと考えますが、ラテン系からすると「論理的に考えようとしない」「安易に他人と同調したがる」「自分の意見をちゃんと表明しない」といった日本人の特徴が「いい加減」に見えるのではないかと思うのです。
さらに言うと、この問題を更に厄介にしているのは「いい加減」という日本語がそもそも「いい加減」だということなのです。日本語の「いい加減」という言葉はぱっと思いつく範囲で
- 非論理的 : illogical
- 時間にルーズ : not punctual
- ルールを守らない : not keeping rule
もしも日本人が「ラテン系はいい加減だ」ということを外国人に説明して理解してもらおうとしても、相手の外国人が余程日本語が堪能な人でない限り日本語の「いい加減」の概念が伝わらないので、問題点の共有という一番最初のステップにさえ到達しない可能性があるのではないかと思います。
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