2015年9月23日水曜日

一番平和だった80年代と異次元の世界の戦いに巻き込まれる漫画・アニメ

シルバーウィークも今日で終わりです。日本でサラリーマンをやってると、長期休暇はGWと夏休みとお正月くらいなので、中途半端な時期に中途半端に5連休もあると何していいのかよくわからないうちに過ぎてしまいました。とりあえず明日から会社に行くのが最高に面倒です(しかも2日行ったらまた土日だし)。祝日がやたら多い(中途半端な連休が多い)という日本の制度よりは、欧州みたいに夏休みだけは好きなときに長く取る方がいいなと未だに思ってしまいます。
さて。最近色々忙しくて本を読んだりこのblogを更新したりするような「こころのゆとり」がなかなか持てないのですが、久々の連休とあって数冊の本を読みました。この中には人生で影響を受けた人のトップ10に間違いなく入る菊地成孔の時事ネタ嫌いという本も含まれています。特に90年代後半から00年代前半(自分が大学生~会社員初期)の頃は彼は僕のアイドルでした。その後は一時期に比べたらやや熱は冷めたものの、久しぶりに読んでみたらやっぱり彼の文章は肌に合うというか、自分にとって血のようなものなんだなと改めて認識しました。

そんな菊地氏の本を読んでいて「一番平和だった80年代」という記述を見た瞬間に、氏の本の内容とはカスりもしない「異次元の世界の戦いに巻き込まれる漫画・アニメ」の話をシルバーウィーク中にこのblogに書く決心をしました。この話は長らくぼんやりとした構想だけはあったのになかなか書くところまで至っていなかった話の一つなのですね。
というわけで本題に入りますが。自分がリアルタイムで見ていた範囲だけでも「NG騎士ラムネ&40」、「魔神英雄伝ワタル」、「天空戦記シュラト」…と、このプロットを採用した漫画やアニメは佃煮にして売れるくらい大量に反復生産されています。ちゃんと見たことないですが、今でもこのプロットは漫画やアニメの王道の一つのようです。
ではこのプロットの起源はどこにあるのか?と思って探してみたところ、どうやらウイングマンと聖戦士ダンバインが元祖で、ともに83年初頭のほぼ同時期に連載/放映が始まっています。

アニメ・漫画だけに限らず、あらゆる芸術作品は不可避的にその時代の世相と切っても切れない関係にありますが、戦いをモチーフとする作品は特にあからさまにその傾向が強いのではないでしょうか。ハリウッド映画だって冷戦時代はソ連をはじめとする共産圏の国を悪役としたアメリカのプロパガンダみたいな作品ばかり作ってたわけですが、冷戦がひと段落した途端に「宇宙人が攻めてくる話」が増えたのを今でも覚えています。
日本のアニメも勿論同様に時代/世相と切っても切れない関係があります。「宇宙戦艦ヤマト」('74~)までは日本のアニメは「勧善懲悪」が原則でした。ところがヤマトの登場によって、アニメは初めて勧善懲悪から離れて「敵もそれなりに理由があって戦っている」という設定が導入されました。ちょっと前のasahi.comの連載でも言及されていたように、宇宙戦艦ヤマトという作品は敗戦国日本の怨念やルサンチマンが込められた作品なんだと思います。そして、この第二次世界大戦の怨念はその後のガンダム('79~)にまで引き継がれてやっとこさ昇華/供養されました。ついでに言うと、こうやって地ならしが終わった跡地に第二次大戦の影を一切引きずらない純粋なエンターテイメントとして最初に建てられたのがマクロス('82)なんじゃないかと思います。

やや脱線しましたが、こういう歴史的経緯を踏まえた上で「『異次元の世界の戦いに巻き込まれる』という漫画・アニメのプロットが83年くらいに登場した」ということを考えてみると、
・ヤマトやガンダムを経て第二次世界大戦の総括と超克がやっと一区切りついたところに
・冷戦終結の兆しが見え始めた
という時代の世相を反映しているのではないかと思うのです。つまり、戦前の日本と自分がつながっている感覚が希薄になり、冷戦は終結ムードとなってきたことによって、戦争に自分が巻き込まれるようなことが日本人にとってリアリティをもって受け入れられなくなったのでしょう。だからこそ「普通の現代人が異次元のファンタジー世界へわざわざ召還されて、そこでの戦いに巻き込まれる」というプロットがこの時期に発明される必要があったのではないでしょうか?

「エンターテイメントとして提供されている"戦い"をリアルな自分事としては引き受けないで消費する」という態度でコンテンツ(漫画・アニメ・ゲーム等)と接するのが当たり前になったのはちょうどこのウイングマンやダンバインの頃くらいからなんだろうと思います。
今となっては「そんなの当たり前じゃん。何をブリっ子してんだよ?」と思うかもしれませんが、それ以前の時代(ヤマトやガンダムくらい)までは「見てる側がそれなりに自分事として作品に移入する」ことが求められていて、その空気というのはその当時に幼稚園児か小学生くらいだった僕でもなんとなく感じていました。
ご存知の通り、その後はファミコンという強烈すぎるツールが登場し、さらにビックリマンやSDガンダムなどの登場によって、「戦い」のバーチャル化は徹底的に推し進められました。最近の「艦これ」なんて、バーチャル化が進んだ挙句に旧日本軍の戦艦さえも美少女キャラに昇華させてしまったように見えます。

こういう話をしているとすぐに安保法案に賛成する人達(彼らは自衛隊員の置かれている立場を自分事として考えられない)の話につなげたくなってしまうのですが。今日のところはこの辺でやめておきます。渋々ながら明日から会社もありますし。

2015年8月9日日曜日

ド根性ガエルと寅さんと少年漫画における「父」の存在

昨日から会社員の僕も夏休みになりました。とはいえ、乳幼児のいる我が家ではこれといった特別にどこかに旅行するわけでもないので、とりあえず高校野球を見たりしてぼんやりしてたら一日が終わりました。
そんなこんなで一日過ごして、あることに気がつきました。僕が小学生の頃には当たり前のようにやっていた「夏休みの午前中に3時間くらいまとめて古いアニメの再放送をする枠」がなくなっているのです。
こういう再放送枠が無かったら見る機会が無かったであろうアニメって結構たくさんあると思うのですよ。たとえば海のトリトンとかバビル2世とかサイボーグ009(最初のカラー版)とか、未来少年コナンとかハクション大魔王なんていう作品は子供心に「(絵もなんか古いし)明らかに10年以上前の作品なんだろうな」というのが分かりつつも夏休みのアニメ再放送枠でぼんやり見ていた思い出があります。
本稿で取り上げるド根性ガエルも僕にとってはそういう作品です。あの漫画が放っている高度経
済成長末期の雰囲気(みんな裕福というわけではないけど、食べるのに困るほどの貧乏はいない)
は、バブル期に小学生だった僕から見ると「ふた昔以上前の日本」に見えたのでした。

さて。そんなド根性ガエルなのですが、最近になって「原作の16年後」という設定の実写ドラマがテレビで放映されているのです。まだちゃんとテレビで見たことはないのですが、日テレのサイトで「30歳ニートのひろし(松山ケンイチ)」「バツイチ出戻りの京子ちゃん(前田敦子)」などの設定を見てまず最初に思ったのは「なぜ、誰が、今このタイミングで原作の16年後のド根性ガエルを作ろうと最初に考えたのか?」でした。
ド根性ガエルは70-76年に連載されていた漫画で、上述したように高度経済成長末期の時代の空気を色濃く反映しています。その16年後ってことは遅くとも92年とかになるわけですが。「ニート」という言葉が出てくるところからも分かるように、ドラマの時代設定は原作の16年後からさらに20年以上経った現代なのです。これはなんか無理があるんじゃないか?と誰しもが思うでしょう。
一番ありえる可能性としては、ド根性ガエルをリアルタイムで直撃していた世代が会社で一番権力を持つ50-60代になったので好き放題やってるということなんじゃないかと思ったりします。

改めて申し上げますが、僕は本稿を書いている段階ではこのドラマを一話たりとも見たことがありません。それを前置きした上で本稿の結論から先に申し上げると、「30歳ニートのひろし」等の諸所の設定からして、この実写ドラマは「寅さん」を目指しているんじゃないかと思うのです。
その結論にたどり着く前にどうしても必要なので少しだけ脱線して少年漫画における「父」の役割についての話をします。というのも、ド根性ガエルという漫画は少年漫画にしてはかなり珍しく「母親だけが出てきて父親が全く登場しない漫画」であり、それがアニメの歌詞にもあるような「泣いて、笑って、ケンカして…」の人情味あふれるドタバタコメディーを成立させている重要な要素なのです。
一番分かりやすいところで巨人の星にはじまり、北斗の拳、ろくでなしBLUES、ONE PIECE、ハイスクール奇面組…挙げてたらキリが無いのですが、たいていの少年漫画作品は関わり方(設定だけの存在~巨人の星みたいな親子鷹まで)の差はあれど何かしら父親が登場します。そして、母親はほとんど登場しないか、登場したとしても物語にダイナミズムを生み出すような存在ではありません。
少年漫画における父親の存在は、少年が非常識な戦いに巻き込まれざるを得なくなる動機であったり、時には少年に試練を与えて鍛える存在であったりします。また、ギャグ漫画に常識的な母親を登場させても特に面白くならないのでギャグ漫画は父子家庭設定で「ちょっとヘンテコな父親」が出てくるパターンが多いです。結果として、少年漫画雑誌というのはことごとく「母親不在で、父親ばかり出てくる」作品が多くなってしまうのだと思います。フロイド風に言うと「父の超克」、ラカン風に言うと「父なる者によって世界に秩序が与えられている」なんて言えるんじゃないかと思います。
脱線ついでに言うと、「父なる者」さえ登場しない少年漫画もいくつかは存在するのですが、例えばアストロ球団、あしたのジョー、風魔の小次郎、男塾、男坂、デビルマン、特攻の拓…と、このように父親が不在の少年漫画はあまりに荒唐無稽だったりどこか破滅的だったりします。

だいぶ脱線しましたが、「寅さんとド根性ガエル」の話に戻ります。
「寅さん」には寅さんの父親は出てきません。wikipediaによると寅さんと妹のさくらは異母兄弟(寅さんは芸者の子で、さくらは本妻の子)なんだそうです。そのせいか寅さんと父親は折り合いが悪くて、寅さんはある日家を飛び出してフーテンとなった…という設定が裏書されているそうです。
ともあれ、寅さんの世界では「とらや」の面々が全体として寅さんに対して「母親」として機能していて、この「母なる庇護者に守られた世界」は「人情物語」の舞台として機能します。なぜって、母親はとにかく子供に対する要求水準が低くて、極論すれば「生きてさえくれればいい」と思ってるので、いつまで経ってもうだつの上がらないフーテンが巻き起こす騒動を暖かく見守ることができるからです。
これは例によって内田先生の受け売りになりますが、少年漫画の下りで言及したように父親というのは子供を鍛えて相対的強者に育てようとするのに対して、母親というのは他人との優劣には関心がなくて、「弱者でも平凡でもいいから生き延びてくれること」だけを願っているんだそうです。だから、「父なる者の競争社会」から落ちこぼれたフーテンやニートを暖かく受容できるのは「母なる庇護者に守られた世界」になるわけです。
以上まとめますと。「母なる庇護者に守られた世界」という観点ではド根性ガエルと寅さんは繋がっているように見えます。時代背景などを無視してまでド根性ガエルの後日譚を作ろうと思った人が見せたかったのは母に見守られた世界で繰り広げられる寅さんのような人情劇のようなものだったんじゃないでしょうか?

というわけで、勝手な想像ばっかりでも失礼なので一回くらいはドラマ見てみますね。。

2015年7月25日土曜日

夏の高校野球は太平洋戦争の戦没者を慰霊するために奉納される能である

更新を2ヶ月もサボってたら、すっかり夏になってしまいました。いや、書こうと思うネタはいくつかあって実際に何個かは書き始めたのですよ。でも、途中で収拾がつかなくなって止まってしまったのです。で、そうこうしている間に2ヶ月も経ってしまったので、とりあえず以前から暖めていた「夏の高校野球は戦没者を供養するための能である」という話をまず書いてみようと思います。

7月の終盤ともなると、夏の甲子園の出場校がちらほら決まり始めました。毎年のことながら真夏に汗だくになりながら妙に笑顔を絶やさない高校球児を見てると「この暑い中にご苦労様です」と頭が下がる思いになります。そして、毎年のように必ず「高校生の健康に配慮して延長戦の時間をもっと制限するべきだ」とか「そもそもあんな真夏にやる必要があるのか?」といった議論が起こります。確かにごもっともです。春の選抜くらいの気候ならまだしも、一年中で一番つらい時期にわざわざ毎日のように試合をしなくてもいいんじゃないかなと僕だって思っちゃいます。
「夏休みでもないと遠い甲子園で毎日野球するのは無理」とか「お盆の時期なら親御さんも応援に来やすい」とか色々理由はあるんでしょうが。そういう現実的な制約条件とは全く別に「高校野球は太平洋戦争の戦没者を慰霊するために奉納される能」であり、お盆と終戦記念日をまたぐように日程が組まれていることにはそれなりの必然性があるのではないか?というのが本稿の趣旨です。

そもそも夏の甲子園というのは優勝する1校以外は最終的には敗者になるようにできています。つまり、普通に考えたら最後は負けるのです。ところが甲子園に出てくる高校球児達は徹底的に「負け方」というのを教育されていないように見えるのです。
甲子園に出るくらいの強豪校ともなると普段から「負け慣れていない」上に、指導者もたぶん「最後の瞬間まであきらめるな」とかいつも指導してるんじゃないかと思います。だけど「最後の瞬間まで諦めずに頑張った後」のことは誰も教育してないんじゃないでしょうか。だから高校野球は「試合終了の最後の瞬間まで全力で頑張る→試合終了と同時に泣き崩れる→泣きながら土を持って帰る」という光景を毎年のように再生産しています。

彼らの姿は70年前に終戦の玉音放送に泣き崩れるモンペ姿の日本人と重なります。高校球児達と同様に、「負け方」や「負ける可能性」について考えることそのものが当時の日本では徹底的に忌避されていました。そして、太平洋戦争当時の旧日本軍の兵士は「負ける可能性」を一切考慮しない無謀な計画の下に海外に送り込まれ、そのうちの60%の兵士は戦病死(直接戦闘ではなく病死や餓死によって従軍中に亡くなる)だったそうです。
例によって内田樹先生の話ですが、内田先生によると「強さ」というのは「連戦連勝する能力」のことではなく、「負けしろ」の大きさによって計量されるべきなんだそうです。こういう観点で見ると戦時中の日本軍の「連戦連勝して現地で次々と都合よく物資を調達できること」という牧歌的な前提の上に立案された計画には負けしろなんて一つも無かったわけです。そして、実際に負けしろの大きかったアメリカ相手に最終的にはボロ負けしました。これが太平洋戦争です。

今年も甲子園に負けしろを持たない高校生が集まります。彼らが負けて泣き崩れている様は、負けしろを全く持たなかった旧日本軍の兵士を慰霊/呪鎮するために上演される「能」として機能しているのではないでしょうか。そう考えると終戦記念日とお盆の時期をまたぐように夏の甲子園の日程が組まれていることにはそれなりの意味があるように思えるのです。
終戦記念日の正午には甲子園にサイレンが鳴り響き、しばらくの間試合を中断して黙祷が捧げられます。なぜ高校野球の試合を中断してまでサイレンを鳴らして黙祷するのか?と昔は思いましたが、高校野球と旧日本軍の戦没者は「負けしろ」の無さで繋がっていたのです。

2015年5月24日日曜日

90年代の70年代ブームと成熟できなかったおじさん達

いまから約20ほど前、90年代の中盤から後半に”70年代ブーム”というのがありました。この70年代ブームがある日突然やってきたのことは今でも鮮烈に覚えてます。例えば、ファンだという人に一人も会った事が無いMi-Ke(70年代風音楽のアイドルグループ)がやたらテレビの歌番組に出て来たり、裾の広いズボン(パンタロン)なんかがこの時期に流行ったり、ドパドパうるさいだけの貧相なアメリカンバイクのアイコラみたいなのが流行ったりしたのです。僕は80年代のズボンの裾がきゅっと締まっている文化を幼児期に刷り込まれて育ったので、あの70年代ブームというやつが生理的に受け付けなかったのです。たぶん、世の中と自分の感覚がズレていると初めて感じた時だったんだと思います。
さておき。今思えば90年代に70年代ブームを作っていたのは今の僕と同い年くらいの30-40代のおじさんだったのでしょう。で、20年たった今、その彼らは60歳前後の社長や部長や首相といったポジションに立っていて、20年越しにサラリーマンとなった僕は彼らと再び対峙しているように思えるのです。

彼らの表面的な特徴として、とにかく「おじさんとして成熟する機会を逸したまま、いつまでも気だけは若作りである」というのがあります。だってほら、70年代文化を10代の頃に刷り込まれて育ち、80年代にはバブルを謳歌し、90年代には70年代ブームを作り、その後の世代に向かって「俺はLed Zeppelinは中学生の頃に現役で聴いてたぜ」とかイキってられたりしたわけですよ。だから、「世の中からズレてるおじさん扱いされる」という局面を一切経験せずに気だけ若いまま60前後になれたんじゃないかなと思います。
このおじさん達を評して内田樹先生は「60年代くらいにユースカルチャーが台頭してきて『若い事は素晴らしくて価値がある、老人は害悪だ』という風潮の中で育ち、その後『年を重ねることによる成熟』という道を放棄した世代」と半ば自戒を込めて言っていました。
森毅先生の名言botに今までスタイルを作ってきて、そのスタイルに合わないものをうまく活かすといのが中年の自立でないといかんわけ、本来は。日本の会社の問題点は、中年の自立がないことよ、中間管理職に。かえっておじいさんの方がそういうことを気にしていたりするのね。経営者あたりが。というのがあったのですが。この発言がいつ頃かは分かりませんが、多分この時の中間管理職が今の60くらいのおじさん達なんじゃないかなと思うのです。

ちなみに。安倍政権を支持している人っていうのにもほとんど会った事がないんですよ。日本人ってそんなに政治の話を人前でしないから会った事があるのに僕が気づいて無いだけなのかもしれませんが。「安倍政権を支持している層」というのはMi-Keのファンと同じように「本当はいないんじゃないか?」と時々思うのです。

2015年5月14日木曜日

日本のプロスポーツと外国人

プロ野球が開幕して一ヶ月になりますが、巨人がシーズン開始直後に連れてきたドミニカ人の新外国人がなかなかの問題児なんだそうです。太りすぎだし、打てない、守れない、さらに素行も悪いということで、来日していきなり一軍で試合に出たかと思えば、たった5日で二軍行きになったそうえす。
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/397935/
この記事を読んだ限りで一つだけどうかな?と思ったのは、川相ヘッドが背後から「グッド・モーニング!」と声をかけたが、巨漢の“問題児”は、なんと背中を向けたままあいさつを無視。というくだりです。件のドミニカ人はどうか知りませんが、たとえばスペイン人だと必ずクラッチが噛み合った状態で目を合わせて挨拶するのが当たり前なのです。だから、背後から挨拶されるということが起こり得ると本人がそもそも思ってない可能性があるんじゃないかなと思うんです。
さておき、この人自身の資質や態度にも問題があるのは明らかですね。去年相手をしていたインターンの学生がまさにこういうタイプ(周りの空気を一切気にしない、人に迷惑かけてる自覚が無い、異文化に合わせようという気が無い)だったので他人事とは思えない反面、自分が被害を受けない距離にいる限りは「一人くらいこういう奴がいて、たまにすんごい場外ホームランとか打ったりするとプロレス的な面白さがあってプロ野球が面白くなるんじゃないかな?」とか思ったりするのですね(ちなみに去年のインターン生は残念なぐらい仕事ができませんでした)。

さておき、このニュースを見てから日本のプロスポーツに外国人はいつから登場するようになったのか気になってちょっと調べてみました。すると、日本のプロスポーツに外国人が加わるようになった時期は68-69年くらいの時期に集中していることが分かりました。


■プロ野球
戦前のスタルヒンなどの例外を除いて、1970年から外国人助っ人が日本でプレーするようになったようです。1970年は巨人のV9時代最盛期で、圧倒的な強さを誇る巨人とそれ以外の戦力格差の是正という趣旨もおそらくあったんだろうと思われます(巨人はV9終了までは外国人選手を使っていなかったようです)。

■相撲
高見山が幕内デビューしたのが1968年です。

■プロレス
終戦直後からしばらくは、力道山vsシャープ兄弟に代表されるように外国人は欠かせない存在でした。ただしこの時期の外国人レスラーはシャープ兄弟を筆頭にほとんどヒール(悪役)でした。この構図には敗戦国日本のルサンチマンが見て取れるわけですが、そこから逸脱して外国人レスラーがベビーフェイス(善玉)として人気者になったのはデストロイヤー、マスカラス、ファンクス辺りが最初で、やっぱり70年より1,2年くらい前の話です。

ここまでで列挙した外国人はざっくり言うとアメリカ人なんです(マスカラスはメキシコ人ですが、彼もアメリカのプロレス経由で日本に来てたので文脈としてはアメリカ人と言って良いでしょう)。一方で、この70年より数年前というのは全共闘や70年代安保の全盛期です。
自分が生まれる前の時代の話なので半分推測でしかないのですが、それまでの”外”にある絶対的な立場にあった戦勝国=宗主国であるアメリカとの関係がこの頃くらいから変わり始めたんじゃないかなと思います。そして、この頃になって日本人は敗戦国としての反米感情とそれなりに折り合いをつけて外国人(=アメリカ)を自分たちの側に受け入れ始めたんじゃないかなと思います。

2015年4月19日日曜日

イデオンを見てたおじさんがGのレコンギスタを語ってみる

このblogにアニメの作品の感想をそのまま書くなんていうことは一回もやったことがないのですが。今回は3月末で放映が終了した「Gのレコンギスタ」というアニメをやっとこさ先日最終回まで見終わって、その感想を書き残しておきます。僕にとってはロボットアニメは血のようなものなので、ましてや富野監督が15年ぶりに直々にガンダムを手がけるとなると、「逆襲のシャア以降の富野監督はガンダムという名前の作品で今までのガンダムとは違うものを作りたがってるのはわかるんだけど、なんだかなー」とかなんとか文句言いつつ、子供が生まれてからテレビを見れる時間も限られていつつ、それでも結局は見ちゃうんですよね。

■エネルギー=欲が宗教によってコントロールされた世界
この作品では地球を含めて全人類の利用するエネルギーは金星で作られるフォトンバッテリーによって賄われています。そのフォトンバッテリーを地上へ運んでくる軌道エレベーターを神聖視するスコード教にすべての人類が帰依していて、科学技術を発展させることはおろか、太陽光パネルを地上に設置することさえもスコード教によって「タブー」として禁止されています。こういう世界になった背景には「欲に任せて拡大路線を続けた結果、人類が一度滅びかけた」という設定が裏書されています。
この作品での「エネルギー」というのは日本における原発がどうこうとかいうよりは「人間の欲」とそのまま直結していて、「限られたエネルギーで可能な範囲に欲をコントロールしながら世界と調和しなければ人類は滅びてしまう」「欲のコントロールを可能にするのは宗教くらいなのではないか」というメッセージを僕は感じ取りました。もっと深読みすると、「社会主義は頭でっかちな理屈でしかなかったので欲のコントロールができなかったけど、宗教ならばそれが可能なのではないか?」と言ってるようにも思えました。

■イデオロギーが違う ≠ 敵
ガンダムという作品が確立したのは「イデオロギーによって世界はいくつかの陣営に分断され、それぞれの陣営の理念や理想を演説しながらロボットに乗って戦う」「リアルな戦争を描いているので、敵陣営とは個々人では理解し合えることはあっても、組織としては反目しあうだけ」という図式で、これはその後のリアルロボットアニメの多くにもそのまま受け継がれたんじゃないかと思うのですが。Gのレコンギスタでは富野監督がこの図式(と、基本的に変わらない現実の社会)に対して意図的に「そうじゃない世界」を描こうとしたんじゃないかと思うのです。
Gのレコンギスタの登場人物は、全員がスコード教という宗教の信者です。別々の陣営に分かれて戦争をしている一方で、お互いにまったく相容れないわけではなく、共通の宗教感は共有しているわけです。なので、ついさっきまで宇宙でロボットに乗って殺し合いをしていたかと思うと、地球へのエネルギー(フォトンバッテリー)供給源のご機嫌を損ねないために突然一緒に協力して宇宙のゴミ拾いを始める…なんてことが起きたりするのです。このくだりは見てる側には「はぁ?」としかならないわけですが、たぶん富野監督の意図はまさに「はぁ?」って言わせることだったんじゃないかなー?と思います。

■特定の組織の利害だけに囚われるキャラクターは全員死ぬ
死亡していくキャラを列挙しようとしてひとしきり疲れたところに、便利なまとめ動画がありました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm25928085
この作品で死んでいくキャラクターに共通するのは、「特定の組織やの利害だけに囚われている」ということです。こうやって死んでいくキャラクターの大半は悪そうなキャラ(先々死ぬのがなんとなく予想できる)として描かれているのですが、中にはそうでもないキャラクター(例えばアイーダの父やキア隊長)も含まれています。特に初期にあっさり死んでいったカーヒル大尉とドレンセン教官などは、周囲の人望も厚い人物として描かれています。この二人はかつてのガンダムであれば主人公の頼りになる兄貴分的な位置付け(初代ガンダムで言えばリュウとかスレッガー)で活躍しそうなのに、初期の数話であっさり死んでしまったのはこの作品のルール(「特定の組織の利害に忠実=模範的な軍人タイプは死ぬ」)を示すためだったんじゃないでしょうか。
最後にクリム中尉が自分の父親を殺そうとするのはまさにこのルールの実践なんだと思います。

■メガファウナ(海賊船)は出自を問わず人を受け入れる箱舟
元々キャピタルガードだったベルリ少年がふんわりと敵だった海賊船に所属するところから始まり、メガファウナに集まって定着するキャラクターはラライアとリンゴ(トワサンガ)、マーニィ(キャピタルアーミー)、ケルベス中尉(キャピタルガード)と、悉く出自がバラバラです。そして、定着にいたる経緯とか葛藤といったものは一切描写されていないので、見ている側としては「あれ?なんかよくわかんないけどアイツも仲間になったんだ」とか思ってるうちにいつの間にやら当たり前のように一緒に戦ってるわけです。
例えばZガンダムでエマ中尉がエウーゴ側に寝返った直後には、「監視カメラの無い部屋にエマ中尉は入れない」といった描写がされていました。だけど、Gのレコンギスタではそういう軍隊としてのリアリティみたいなのを描くことにそもそも富野監督自体が関心がなさそうに見えるのです。そんなことより「はぁ?」って言わせたかったんじゃないかなと思うのですね。

■Gセルフ / クレセントシップ / ベルリとアイーダの両親  =  イデオン / ソロシップ / イデ
結局のところベルリとアイーダの両親は何の意図を持ってGセルフやクレセントシップを作ったのか、その意図はよくわからないのです。ひとつだけ確かなことは、ベルリやアイーダがGセルフに乗ってやってくるのをクレセントシップはずっと待っていたということです。その後、「ベルリとアイーダの両親 = イデ」の意思を乗せたGセルフとクレセントシップに導かれてベルリ達は地球に帰っていく…いろんなことを端折ってまとめるとそういう話のように見えるのです。
どうしてもGのレコンギスタとイデオンと比較したくなるおじさんとしては、Gセルフとクレセントシップはイデオンとソロシップそのもののように見えちゃうんですね。最終的にはクレセントシップは生き残った(上記の死亡ルールに該当せずに仲良しになった)人達を全員乗せた箱舟として旅立ちます。イデオンみたいに皆殺しにはなってないですが、イデオンのラストとどうしてもカブるんですよ。

以上、ネット上での評判を見た限りでは、Gのレコンギスタは「世界観の説明が不十分」「キャラクターの心情の描写が不十分なのでキャラクターの行動が突飛で不可解に見えて感情移入しにくい」、つまり簡単な一言で言うと「意味がわからない」と、酷評されているように見えます。そう言いたくなる気持ちはものすごくよくわかるんですが、富野監督は「人類が一度滅びかけた後に宗教戒律によって欲をコントロールして生き延びた後の、今より何千年後の世界には現代人に理解できないことが沢山あって当たり前。」と半ば割り切っているようにも見えます。
そして、「そんな今までの常識では理解できないような新しい世界観にこそ、人類の抱えるあらゆる問題(環境、エネルギー、戦争…)を解決する可能性があると期待してみてはどうか?」という問いを投げかけているようにさえも見えます。

と、これだけ好意的に評価しておきながらどうしてもこれだけは気に入らないということが一点だけありまして。それなりにスペイン語やってた立場から申し上げますが、「レコンギスタ」はどう考えてもダサいっていうかセンスを感じないです。このタイトルはこの作品において一番致命的な欠点だと思うということは最後に申し上げておきます。

2015年3月24日火曜日

今更ですいませんが、AKBについてちょっと

2012年8月。2年間スペインに滞在した後に日本に帰ってきました。そのときはスペインと日本のギャップが大きすぎてそりゃまぁ色々つらかったのですが。帰ってきたときに驚いた事の一つに、僕の歓迎会を開いてくれた三十代半ばの同期が全員「AKBの押しメン」について一家言あって、その話題で結構な時間盛り上がってたことなのですね。いや、AKBの存在はスペインでも認知できていましたが、そこまでと浸透しているとは思わなかったのです。

AKBというグループを日本に帰ってきて最初に見た感想は「なんでこの人達は必ず全員一緒に歌うんだろうか?」だったのです。これまでのアイドルグループはそれぞれのソロ歌唱パートが曲のどこかにありました。これは、恒常的なメンバーチェンジという概念を導入したモーニング娘でさえも継承してきた伝統なんですけど、AKBはそれをあっさり捨ててしまったかのように見えたのです。
この「全員で一緒に歌う」というスタイルはおそらく「総選挙でメンバーが格付けされて入れ替わる」というシステムと不可分の関係にあるのでしょう。個々人のソロパートなどが存在しなければ、総選挙でメンバーが入れ替わっても以前の曲をそのままレパートリーとして使い続けられるわけですから。

こういうこと言ってると自分が本当におじさんになったなぁとしみじみ思うのですが、つまるところAKBは
・お客様=市場原理の格付けに対して従順である
・全員が入れ替え可能な部品である
・基本横並びの扱いの中でのローカルな差異や格付けに心血を注ぐ
といった具合に、日本の若者に期待されるロールモデルそのものなんじゃないかと思えるのですね(たぶん同じ事を言ってる人がすでに100人くらいいそうですが)。
だけどこうやって列挙してみるとAKBは日本ローカルでしかウケなくて、日本人以外に受容される可能性は極めて低いんじゃないかと僕は思うのですが。なんで秋元康はAKBを海外に輸出できると思ったんでしょうかね?実際に秋元康はAKBをクールジャパンのコンテンツとして海外に輸出しようとしてJKT(ジャカルタ)とか作ってましたけど、結局は鳴かず飛ばず(のように僕には見える)ですよね?しかも、それでも未だに秋元康はクールジャパンの推進委員会だかに名前を連ねていて、安倍晋三とも仲良さそうなのがどうも不思議なんですよね。。

AKB商法というのは「総選挙に投票するためにCDを買う」というお客さんを作ったことで、音楽=CDの存在意義をビックリマンチョコのチョコ部分程度まで落としめたと思うのです。この歴史的意義はあと10年くらい経ったときに何かしらの評価を受けるでしょうが、ビックリマンのシール(だけじゃなく、食玩やペットボトルのキャップなど)を集めるのに熱中する文化もたぶん日本人以外にはなかなか理解されないかなー?と思うのですよ。